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お母さん方から任意にいただいた卒園時の想いです。
原稿の校正も終わり、印刷所へ手渡しました。
冊子は6月頃出来上がる予定です。
なお、プライバシー保護のため、氏名等は割愛してあります。ご了承下さい。


■行きたくないから、絶対行きたいへ

 いよいよ今日で直樹の幼稚園生活が終わりました。
 4月生まれだし、年少から安心して送り出せるという予想とは裏腹に、毎晩、「明日幼稚園に行きたくない」と言いながら眠り、毎朝、先生からお電話で声を掛けてもらってやっと出かけることができ、園では先生にべったりくっついて、先生の姿が見えないと隅でシクシク泣いていた直樹。その話を聞いたとき、親の方が悲しくて泣きたい気分でした。
 発表会では、ただじっと立っているだけでしたが、照れ屋の直樹が舞台に出て来てくれただけで嬉しかったのを思い出します。
 ところが、子どもって本当にどんどん成長するもので、年中さんでは友達も少しずつでき、泣くこともなく通え出し、園での活動にも積極性が出て来たので、親も余裕ができ、やっと幼稚園での行事に出かけて行くのが楽しくなり出しました。
 そして年長さん。本当に2年前が嘘のように、今まで溜め込んでいたパワーを全部出し切って楽しめた1年だったようです。親の方も、最後の年と思うと参加しないのがもったいない気分で、何かと園に出かけて行き、沢山の友達に囲まれた直樹の楽しそうな姿を見て安心して帰って来られました。
 負けず嫌いなところを園でも出せるようになり、リレー大会、縄跳び大会のために必死で練習していました。
 ところがプレッシャーからか、本番前に体調を崩し、力を出し切れないときもありました。
 実は、今回も、卒園式の数日前に高熱を出してしまい、いよいよこのまま最後に皆と遊べずに卒園かなと、親の方は諦めていたのですが、前は「幼稚園、行きたくない」と言い続けていた直樹が、「最後の日は絶対幼稚園に行きたい」と気力で熱を下げて最後のバスに乗って出かけて行ったときには、とても逞しく思えました。
 卒園式の帰り道、ポツリと、「幼稚園、楽しかった」とつぶやくのを聞いて、うまく言えませんが、この言葉が全てを語っていると心から嬉しく思いました。
 最後になりましたが、園長先生をはじめ、いつもくっついて慕っていた三代先生、秋長先生、お友達以上に遊んでもらった田邉先生、愛情一杯、おおらかに見守ってもらった山元先生、お世話になった全ての先生方、沢山のお友達、本当にありがとうございました。
*直樹へ
 卒園、おめでとう。あっと言う間の3年間だったね。いい思い出をありがとう。いつも楽しそうに目をキラキラ輝かせている直樹がお母さんは大好きです。いつまでもその輝きを忘れないでね。これからもずっと応援しています。  母より


■ありがとう拍手を
 有咲、卒園おめでとう。
 3年前、一人っ子だったあなたが、生まれて初めて親から離れて過ごす園生活が楽しいものになるのかと心配でたまらなかった日々を改めて思い出しています。
 入園式の日、驚くほど積極的に一番前でお話を聞く有咲を見て、ホッとしたのも束の間、ママと離れるのが嫌だと翌日から大泣きの日々が始まりました。
 続けて良いのか真剣に悩みました。
 でも、先生方が全身で受け止めて、励まして下さり、私自身もすごく助けられました。
 泣いている有咲の手をしっかり握って下さり、お手紙をもらったりするうちに、有咲の笑顔が徐々に見られ、2学期に入る頃には生まれ変わった有咲の姿がありました。
 初めての行事に警戒し、塗たくりや描画もせず、お誕生会では1人舞台に上がれずにいた有咲。
 そんなあなたが、年中、年長になるにつれ、嘘のように楽しんでいる姿は、本当に嬉しいものでした。
 その頃から内面での成長も著しく見られ、「お友達には優しくしないといけないんだよ」とか、「自分の嫌なことは、したらダメだよ」なんて、すっかりお姉ちゃんらしくなり、私の方が諭されることもしばしばでした。
 この3年間で得たものは、家ではできない様々な行事と、一人一人に向き合ってくれる優しい先生方、そして何よりお互い刺激し合って仲良くできたお友達。本当にかけがえのないものばかりで、今ではお母さんも園を離れるのが寂しくてなりません。
 3年前、ブカブカの制服があどけなかったけれど、卒園式で見る有咲は少し短くなった制服で、とても立派に見えるね。お家でも妹ができて、これからもお姉ちゃんとして宜しくね。優しい有咲がママもパパも誇りで、大好きです。
 「ありがとう拍手を」を聴くと涙が止まりません。いっぱい涙を拭いてくれた川地先生、山下先生、中山先生。元気パワーで楽しく頑張ることを教えて下さった田辺先生、前田先生。楽しい園生活をありがとうございました。


■大好きな千里敬愛幼稚園
 卒園式を終えたその夜、ベッドの中で、「ママ、どうして幼稚園は年長さんで終わりなの?もう少し幼稚園にいたかったのに」と泣き出してしまいました。
 こんなに大好きな幼稚園を終わってしまうのは親としても本当に残念に思うのと同時に、このような気持ちで卒園できる佳莉名を幸せだと、園長先生をはじめ先生方、お友達に感謝の気持ちでいっぱいです。
 思い返せば3年前、ぶかぶかの制服を着て、カバンを引きずりながらお歩きで通っていました。
 年少さんのときは、苺狩り。各参観、運動会、芋掘り、発表会と、全ての行事が親子共々新鮮で、一喜一憂していたことが思い出されます。
 年中さんになると、上級生の意識が芽生えだし、降園時のお歩きでは下級生と手をつなぐのを毎日楽しみにしてたようです。
 年長さんのときは、「ママと一緒のぺんぎん組だよ」の大喜びが最初でした。お友達も沢山できて、足首を骨折し、松葉杖で不自由な佳菜名に靴を揃えてくれたり、みんなに親切にしてもらい、友達の大切さも分かり、学んだことがとても沢山あったようです。
 最後にはみんなで頑張って縄跳び大会も優勝でき、「お部屋には賞状が15枚もあって、1位がいっぱい。ぺんぎん組はすごいやろ」と自慢しておりました。良い思い出です。
 洗濯をしながら、ぶかぶかだった制服もミニスカートになって、洗うのもこれでおしまいだなと思うと、とても寂しいです。
 最後になりましたが、担任して下さった秋長先生、三代先生、田邉先生、長谷川先生、諸先生方、そして園長先生、本当にありがとうございました。親子で千里敬愛幼稚園を卒園できたことを誇りに思います。


■大好きな娘へ
 恵子ちゃん、卒園おめでとう。
 不安そうな顔で門をくぐった、あの入園式の日から、もう3年も経ったんですね。
 卒園してからも我が家では発表会の「千と千尋」の歌が途切れることはなく、近所の小さい子達を集めてリレー大会をしているあなたの姿を見ていると、3年間の幼稚園生活が本当に楽しいものだったんだ、ということが分かります。
 一番楽しかったことは何ですか?やっぱり発表会かな?それともお泊まり保育かしら?絵を描いたり、工作したりすることも好きだったよね。どの活動もニコニコ笑顔で参加してたっけ。あれこれ強制されることなく、自由に自分を表現できる場が沢山あったことが、あなたにとっては本当に良かったんだと思います。
 3人兄弟の一番上のあなたは弟の面倒もよく見てくれました。弟が入園したばかりの頃はよく、「今日、智也君、おしっこに連れて行ってあげたで」と、トイレの世話までしてくれました。お母さんはとても心強かったです。
 その弟が眼鏡をかけるようになりました。初めて眼鏡をかけて登園した日、あなたは弟を心配して、朝、ギリギリの時間まで、弟のクラスでそばについていてくれたそうですね。そのことを他のお母さんから聞いたとき、お母さんは恥ずかしいくらいボロボロと泣いてしまいました。心の優しい子に育ってくれたことが嬉しくて、嬉しくて・・・。
 卒園式が終わり、ちょっぴり寂しい気分のお母さんを尻目に、あなたの心はすでに小学校に飛んでいます。どんな未来が来るか、ワクワクドキドキですね。輝け、未来!
 最後に先生方へ。
 3年間、娘をしっかりと受け止めて下さり、本当にありがとうございました。絵を描くのに時間がかかり、何日も何日もかけて1枚を仕上げるような娘を、じっと見守って下さいました。そんな先生方だったからこそ、娘は幼稚園が大好きになったんだと思います。心から感謝しています。ありがとうございました。


■恥ずかしがりだったけど
 2年前、入園準備で持ち物に名前を書き始めると、何故だか私は初めて母親であるという実感がわいたのを覚えています。これから幼稚園という集団生活に飛び込んでいく陽菜を、私は見守る立場へと変わったからかも知れません。
 不安と期待が一杯で幼稚園の門をくぐりました。
 年中では、いろんな友達に自ら声をかけ、男の子とでも女の子とでも一緒に遊んでいてびっくり。
 沢山の友達と出会うことができて良かったと安心していたら、本当に気の合う友達がいないことで、時折寂しい思いをしていることも分かり、複雑でした。
 年長になって、気の合う仲の良い友達もでき、幼稚園がそれまで以上に楽しくなったのは言うまでもありません。何でも話せる、味方になってくれる、自分のペースで一緒に遊んでくれる友達といると、相手を思いやる気持ちが生まれたり、自分の言いたいことを恥ずかしがりながらも人に伝えられるようになったりと、かなりの成長が見られました。先生方の力も大きく、挨拶をずっと恥ずかしがってできずにいた陽菜に毎日声をかけてくれた田村先生と小谷先生。段々と言えるようになったのも先生のお陰です。ありがとうございました。
 陽菜は最初の集団生活で友達から大きな力を、先生にはそれを支えてくれたもっと大きな力をもらいました。
 私自身も幼稚園で得ることのできたこと、子どものつぶやきを書き留めておく作業はこれからも続けていきたいと思います。そのときにしか考えつかない発想を忘れないようにするために、そして子どもの話に耳を傾ける姿勢をいつまでも忘れないために・・・。
*ひーちゃんへ
 暑い日も、寒い日も、雨の日も、毎日自転車で通ったことをいつまでも覚えていてくれるでしょうか?そのとき、幼稚園での出来事をいっぱい教えてくれたり、歌を歌ったり、1日の反省をしたり、いろんなことをしたよね。ママもばあちゃんに自転車で送ってもらってたんですよ。ひーちゃんと同じだね。
 ひーちゃんと一緒に行った農園体験は楽しかったよ。SOSのお手伝いをしながらも、ひーちゃんが一生懸命に野菜をとってる姿を見てたよ。毎回、誰よりも沢山とって帰って来たよね。
 図書の本を借りるときも、恥ずかしがりながら、「あだち ひなです」と答えていた姿も見られて嬉しかったです。
 2年間、本当によく頑張りました。
              ママより


■ありがとう拍手を
 有咲、卒園おめでとう。
 3年前、一人っ子だったあなたが、生まれて初めて親から離れて過ごす園生活が楽しいものになるのかと心配でたまらなかった日々を改めて思い出しています。
 入園式の日、驚くほど積極的に一番前でお話を聞く有咲を見て、ホッとしたのも束の間、ママと離れるのが嫌だと翌日から大泣きの日々が始まりました。
 続けて良いのか真剣に悩みました。
 でも、先生方が全身で受け止めて、励まして下さり、私自身もすごく助けられました。
 泣いている有咲の手をしっかり握って下さり、お手紙をもらったりするうちに、有咲の笑顔が徐々に見られ、2学期に入る頃には生まれ変わった有咲の姿がありました。
 初めての行事に警戒し、塗たくりや描画もせず、お誕生会では1人舞台に上がれずにいた有咲。
 そんなあなたが、年中、年長になるにつれ、嘘のように楽しんでいる姿は、本当に嬉しいものでした。
 その頃から内面での成長も著しく見られ、「お友達には優しくしないといけないんだよ」とか、「自分の嫌なことは、したらダメだよ」なんて、すっかりお姉ちゃんらしくなり、私の方が諭されることもしばしばでした。
 この3年間で得たものは、家ではできない様々な行事と、一人一人に向き合ってくれる優しい先生方、そして何よりお互い刺激し合って仲良くできたお友達。本当にかけがえのないものばかりで、今ではお母さんも園を離れるのが寂しくてなりません。
 3年前、ブカブカの制服があどけなかったけれど、卒園式で見る有咲は少し短くなった制服で、とても立派に見えるね。お家でも妹ができて、これからもお姉ちゃんとして宜しくね。優しい有咲がママもパパも誇りで、大好きです。
 「ありがとう拍手を」を聴くと涙が止まりません。いっぱい涙を拭いてくれた川地先生、山下先生、中山先生。元気パワーで楽しく頑張ることを教えて下さった田辺先生、前田先生。楽しい園生活をありがとうございました。


■自分で制服をハンガーに掛けながら
 いつもは帰宅後、制服を放りっぱなしの直道が自分でハンガーに掛けながら、「あと2回しか着ないんだね」とつぶやいたのを聞いて、涙が止まらなくなりました。
 丁度2年前の春休みに転居して来て、年中さんからのスタート。1年間、兄と園生活を経験していたので、どちらかと言うと一年生の兄の学校生活を心配していました。
 ところが、「制服、着たくない」「前の幼稚園がいい」と登園拒否。大泣きして抱っこされながら、バス停が近くなるとさすがに年少さんの前では気恥ずかしかったのか、「降りる・・・」と言って涙を拭く毎日でした。
 先生にも毎日、朝に夕にお電話をいただいて、だんだん千里敬愛幼稚園が好きになってきました。
 年長になっても、新しい行事があると、「ドキドキするから明日、お休みする」と言っていました。そんなときにも、先生に声をかけていただいて、だんだん自分で取り組めるようになりました。
 そんな直道が2学期頃から、「参観に来ないで」と言うようになったので、不思議に思っていました。それでも、こっそり見に行くと、幼稚園では年長さん。ちょっぴりかっこ良いお兄さんの姿。家では一番の年下で甘え上手。そんなギャップを直道なりに感じての言葉だったのでしょうか?
 そして、卒園を前にして主人の転勤話。
 お引越しの準備でせわしなくなった頃、夜泣きが続きました。
 「おばあちゃんの家が近くなるから嬉しい」「またお友達が増える」と言っていましたが、小さいながらもプレッシャーがあったのでしょう。京都参拝を控えて私も悩みましたが、「親子で卒園レジャーでも、これからの糧になるし、楽しい関西の思い出が作れるよ!」とアドバイスして下さったお母様がいらして、気持ちが楽になりました。本当に温かい、心に響く言葉でした。
 直道にこの日の思いを伝えればいいと思っていましたが、こうして直道の成長に、母としての私に直接的、間接的に関わって下さった方々へのお礼を込めて投稿しました。
 出逢えたこと、心から感謝しています。本当にありがとうございました。
*直道へ
 生まれてから2293日目の卒園式。お母さんはこれまで何回抱っこしたでしょう。何回叱ったでしょう。何回ありがとうと言ったでしょう。
 ここまで育ってくれてありがとう。
 これから大きくなるにつれて、周りの大人達の防波堤は少しずつ低く、少しずつなくなって行くけれど、それは、「この波を越えるだけの力はあるよ」という証拠。直道が生まれてから今まで関わって下さった方々からの贈り物です。大事にしてね。
 そして、これからも、いろんなことに、いろいろ感じる心を大切に、大きくなってね。いつでも、お父さん、お母さん、お兄ちゃんみんなで応援しているからね。
 卒園おめでとう。そして、いっぱいいっぱい、ありがとう。


■あっという間の2年間
 大雨の振る夜に、講堂の入口のドアにもたれながら、徹夜で並んで手に入れた入園願書。どうしても下の子と同時入園させたかったので一生懸命でした。思えば、この時から幼稚園生活がスタートしていたのかも知れません。不安と期待が混ざっていた不思議な気持ちを今でも忘れられません。
 有美子にとって、幼稚園は初めての集団生活でした。家で弟と遊ぶことが中心でしたので、心配事が沢山ありました。
 案の定、入園式では他のお友達は座って先生のお話を聞いているのに、有美子は落ち着かずに部屋の中をグルグル回ったり・・・。とにかく全てが初めての経験なので興奮状態。
 1学期中は園生活に慣れることが精一杯だったようで、先生方には多分にお世話になりました。
 加えて季節の変わり目には体調を崩すことが多く、風邪を引いてお休みする日が目立ちました。でも、行事にはかろうじて参加でき、有美子なりに活動を楽しんできたようです。特に発表会は好きだったようで、音楽に合わせての表現を家でも見せてくれていました。
 年長組になると有美子は変わりました。園生活2年目ということもあり、体力もついてきたのか、風邪でお休みすることもぐんと減りました。落ち着いてお話も聞けるようになり、園のきまりも、きちんと身につけました。次々と目白押しの行事もこなしていきました。
 そんな有美子が年長組に進級した日、「つばめ組の発表会は何をするのかな?」と言いました。年長組の発表会に、とても憧れていたのでしょう。
 そして、その日を迎えるまでにかかった時間は、あっという間だったように思えます。
 「忘れない、忘れない、未来には希望がある・・・」
 このエンディングの歌で何度涙を流したことでしょう。
 有美子は幼稚園が大好きで、嫌がって泣いたことは一度もありませんでした。辛いことがあっても、次の日には笑顔でバスに乗って行きました。
 リレーで走るのが遅くても、親の心配をよそに、「明日は頑張るからね!」と一言。
 また、縄跳び大会では予想以上の結果を見せて驚かせてくれました。小さな人生、泣いたり笑ったりの連続です。
 この2年間で学んできた全てのことを土台にして、今後の学校生活に活かし、大人になっても大切な思い出として欲しいと願います。「未来には希望がある・・・」と信じながら。


■その笑顔、忘れないよ
 今朝、先生から、「あと5日だね」と言われ、涙してしまいました。
 この日から卒園までのカウントダウンが始まり、涙の栓がゆるみっぱなしの毎日です。
 エプロンママで、おにぎりを握っていると、卒園式での歌が・・・。たまらなく涙が出そうになるのを必死に我慢。
 ズボンが隠れるくらい大きめだった制服が、いつの間にか小さくなっていて、そんな制服姿がとても名残惜しく感じました。とにかく、参観の多い幼稚園だと思いながらも、結構楽しんでいたのかも知れません。
 農園体験・・・摘みたての苺が美味しかったね。色水、どろんこ遊び・・・派手にやったね。造形遊び・・・立派なお店や基地ができたね。電車に揺られての天王寺動物園、コスモス畑に水遊びの万博公園。みんなが主役の発表会。雪の中の京都参拝。力を出し切った運動会に縄跳び大会。それに何と言っても一番の盛り上がりを見せたリレー大会。かなりやのハチマキとポンポンを力一杯振っての応援。感動と興奮の一日。どれも子ども達の素敵な笑顔が見られました。
 一番楽しみのお弁当。入園してから一度も残してきたことがなく、最後のお弁当と喜んで持って行ったのに残してきてしまいました。卒園式を明日に控え、体調を崩してしまい、心配させられたけど、出席できて本当に良かったね。
 桜が咲く3年前、千里敬愛幼稚園の門をくぐり、期待と不安で送り出した日々が懐かしく、毎朝、教室へ入り、姿が見えなくなるまで何度も振り返り、手を振ってくれたね。手をつないで園へ通うのも今日が最後。
 入園式には大好きなおじいちゃんもお祝いに来てくれたけど、残念ながら卒園式は天国からになっちゃったね。
 「ふくだ みきやくん」
 元気な声が聞けたよ。
 教室でみんなと最後に歌った「ありがとう拍手を」の3番は、樹矢の名前に置き換えて歌ったよ。
 今春くぐる桜の門には、どんな楽しいことが待っているかな?卒園証書を手にした姿に寂しさと嬉しさがこみ上げてきたと同時に、新しいスタートラインに立つ喜びも・・・。
 樹矢、毎日の園でのお話、ピカピカのお弁当箱、素敵なママの絵、すごく嬉しかったよ。いっぱい甘えてくれて、ありがとう。心からありがとうの拍手を贈るよ。卒園、おめでとう。


■ずっと私の先生のままで
 真由、卒園おめでとう。
 園長先生から卒園証書を受け取る姿を見ながら、いろんなことを思い出しました。
 年少さんの発表会の「3匹の子ぶた」の可愛らしいぶたさんの姿・・・年中さんの円形脱毛症になりながら自分の居場所を探していた姿・・・特に年長さんになってからは、いろんなことに真剣に取り組む姿には目を見張りました。
 リレー大会では、抜かれてばっかりで、悔しがっていましたが、最後に1人抜けたとき、大きな自信になりましたね。
 縄跳び大会ではすぐに引っかかってしまい、大泣きしながらも最後まで跳び続けた姿勢と、お母さんの所には来ずに、先生やお友達と処理しようとする自立した一面が見られて、本当に嬉しく思いました。
 卒園が近づき、大好きな朋子先生が、自分が卒園した後、知らないお友達の先生になっちゃうのはイヤだと、子どもらしいジェラシーをもらしていましたが、自分の卒園と共に退職と分かり、かもめの先生のままだと喜んでいる姿に、どれだけ先生を慕い、先生もそれに応えて下さっていたか、強い絆が感じられ、本当に胸が一杯になりました。
 小学校に行っても、時々は思い出して、親子とも幸せな気持ちになることでしょう。
 ありがとうございました。千里敬愛幼稚園の更なるご発展を心よりお祈りしています。


■ある母親の話
 兄とは3歳違いなので、園には6年間お世話になりました。兄のときは何もかも新鮮で、参観には必ず行ってました。響も、もも組の1学期までは何事もなく参観に行っていました。しかし、思い起こせばあれは2学期のとある水曜日のことでした。
 12時頃に園の近くで買い物をしていたので、バスではなく一緒に帰ろうと、もも組に迎えに行きました。私はてっきり響も喜んでくれると思っていましたが、帰り道の響に笑顔は見られず、一言、 「恥ずかしいから迎えに来んといて」と言われました。ちょっとびっくりしましたが、恥ずかしがり屋なんだなぁと、その時はさも気にせずに終わりました。ですが、これこそが、これから始まる「参観拒否」の前兆であったとは知るよしもありませんでした。
 きりん組では私が園に来ることを凄く拒むようになり、エプロンママでさえ来ないで欲しいと頼まれました。つばめ組では本格的に拒否され、1年間で参観に顔を出したのは、誕生会と運動会とリレー大会と発表会と縄跳び大会前半だけでした。卒園式の朝など、「ママ、今日も来んでええでぇ」と言う始末でした。
 私も最初は気になり、参観に行けなく残念でしたが、そのうち人間って怖いものですね、私の方から、「今日は○○参観やけど、ママは行かないでいいやろ?」と行かないことが当たり前になっていました。
 参観拒否の理由は、ただ、「恥ずかしい」だけではなく、他にもあるのですが、本人の人権もありますので、ここで明かすことはできません。ちょっとミステリアスでしょ?
 ともかく、園ではいつも笑顔で、積極的でリーダー的存在だと、どの先生にも言ってもらって楽しく3年間を終えられて良かったと思います。
 響と園の一番の思い出はこの参観拒否に尽きます。世の中にはこんな悲しい母親のいることを皆さんに知ってもらいたくて文集に投稿しました。
 最後に園でお世話になった先生方、教員の皆さん、そして響のお友達のお母さん達、ありがとうございました。
*響へ
 いつまでも響はママの可愛らしい大切な宝物だよ!これからだって喧嘩することもあるけど、すぐ仲直りして楽しく過ごそうね!


■その調子でね!
 健人君、卒園おめでとう!
 何だか健人が卒園して今度小学生になるなんて信じられない気がします。
 健人が幼稚園に通い始めたときは、2つ上のお姉ちゃんの彩奈がいたので、ママも年長、年少のエプロンママや参観で、とても忙しかったことを思い出します。
 それに4月生まれで、身体は大きいものの、「大のママっ子」で、参観に行く度に帰ろうとするママの脚に泣きながら巻き付いて、「ママ、帰っちゃダメ!」と離れてくれず、先生方に引きずられて教室へと帰って行く姿は今も鮮明に浮かんで来るようです。
 また、彩奈のクラスに用もないのに1日に何度も、不安だったのか、友達を連れて覗きに行ってたそうですね!(笑)
 そんな健人が、いつの間にか貫禄がつき、自分の考えでしっかり行動している姿は、本当に頼もしい限りです。
 幼稚園生活の3年間には、健人なりに、楽しかったことや辛かったこと、色んなことを経験して来たと思います。
 でも、この経験という財産を持っていたら、小学校へ行って、壁にぶつかることがあっても、きっとどんな壁も乗り越えて行けると信じています。
 健人、その調子で元気一杯すくすくと成長していってね。ママはいつでも健人を応援しているよ。
 最後になりましたが、園長先生をはじめ、担任の先生方、職員の皆様、いつも健人を3年間、暖かく見守って下さり、感謝の気持ちで一杯です。本当にありがとうございました。


■皆様に感謝しつつ
 千里敬愛幼稚園での2年半、長女の瞳には楽しい毎日だった様子でした。それが、あとわずかで卒園。寂しくもあり、嬉しくもあります。
 ご近所等、卒園生の保護者の方々に、「千里敬愛幼稚園、本当に良かったよ!」と伺っていました。が、「お口の早い子はオムツが遅い」典型だった瞳は、「外出、就寝時以外は布オムツで育てたのに・・・」でした。とても年少から入園させる気持ちにはなれなかったのです。
 けれど、第二子誕生は真冬の予定。寒い中、家に篭もらざるを得なくなるのは可哀想でした。幸いオムツも夏には取れており、年少の10月に途中入園させていただきました。
 お友達は皆、慣れたところへ1人だけ入園。最初は緊張した様子でした。慣れた好物ばかり詰めたお弁当に箸もつけず、帰宅後にパクパク食べる姿に、胸を痛めたこともありました。
 それも最初の1週間ほどだけ。園の先生やお友達に恵まれ、それまでも集団に不慣れではなかったこともあり、すぐ元気一杯に登園。その日に覚えた歌を朗らかに聞かせてくれ、楽しかった活動を絵に描いて説明してくれる毎日になりました。
 姉も妹も同様に可愛く大切でも、「もう親より友達」の長女と、乳児の次女では、親を必要とする度合いがあまりにも違いました。が、園に慣れてから妹を迎え、焼き餅もわずかでした。
 下のお子さんがおられれば、どなたも同じでしょうが、「間に合うように準備したのに、オムツが汚れ、通園バスに乗るのを見送れなかった」等々、「誰も悪くないのに辛い」ことも多々ありました。
 「やむを得ず行き届かなくても、ダメ親子だと決めつけられない」園なればこそ、至らないなりに成長できたと感謝致します。
 園長先生、担任の先生はじめ、教職員の先生達、バスの運転手さん、給食や写真業者の方々、「私も上の子のときには何も出来なかったから、お2人目のときに、下のお子さんの世話で大変な保護者の方を助けてあげて」などと、お当番を快く担って下さったお母さん方、ここでは書ききれない多くの方々のお陰で、卒園を迎えることができました。
 1年後に次女がお世話になるときには、積極的に園活動に参加させていただきたいです。長女のときには最低限の家事育児をして送り出すだけで青色吐息でしたが、「今度は保護者も余裕を持って、次女の園生活を楽しませていただければ」と願います。
 今後とも、どうぞ宜しくお願い致します。


■生後間もない大病
 太瑚は生後4ヶ月で細菌性髄膜炎という重い病気に罹り、生死をさまよいました。幸い左目の視神経まひの後遺症が残っただけで助かりました。
 ちょうど幼稚園に入園する頃から眼鏡をかけ、目の矯正のため片目にアイパッチしての通園生活でしたが、知人から、眼鏡をしていると友達から、からかわれたり、壊されたりするよと聞いていましたが、そのようなことはなく、アイパッチも嫌がることなく過ごせました。同じクラスにめがねをしてる子がいたので、幼稚園で配慮してくださっているのだなと思いました。
 年長の春に目の手術をしました。手術が終わって病室で太瑚に、「お母さんて、こんな目になりたかった?」と聞かれたときは何も答えられず、心の中でごめんねと叫んでいたのを覚えてます。
 手術で長期に休んでも嫌がることもなく幼稚園に行き、楽しそうに帰ってくる姿を見ると、安心できました。
 どちらかと言うと、臆病な子なのですが、今は小学校にいくためにランドセルや筆箱の準備を楽しそうにしている姿を見ると、3年間、温かく見守って下さった幼稚園の先生方のお陰だなとつくづく思います。
本当にありがとうございました。   
 最後にメールでの連絡ができたこと、とても助かりました。


■息子の2年間を見つめて
 卒園式を終え、私達親子は今、充実感と達成感で一杯です。
 式の朝、登園準備をしている勇気を見ていると、「知らない間に大きくなっているんだな・・・」と感じ、同時に、「急いで大きくならないで。このままでいてよ・・・」という気持ちになりました。
 入園当初の不安な瞳は忘れられません。でも、お友達が出来たことを楽しそうに、少し得意気に話していたことも、喧嘩したと涙していた顔も心に残っています。千里敬愛幼稚園で沢山の経験をさせてもらえました。
 行事ひとつひとつだけでなく、入園前と比べようもないほど勇気が自分の意志を表現できるようになったこと、「やってみよう」という心が生まれたことが私は何よりも嬉しいです。そして、人との交わり方も少しずつ変わっていったようです。好き嫌いということだけでなく、いろんな個性が人にはあるということを肌で感じたのでしょう。仲良しの子1人に依存しがちだった勇気が、日を追う毎にいろんなお友達と交わろうと視野も広がったように思います。勇気がお友達との交わりの中で認められた喜びは、大人になっても忘れないでいて欲しいです。
 園長先生はじめ、富江京子先生、山元麻実先生、そしてたくさんの先生方、ありがとうございました。いろんなお心遣いに今はただ感謝で一杯です。
*勇気へ
 卒園おめでとう。この2年間であなたは私が想像もつかなかったほど逞しくなったね。すぐ諦めてしまうこともなくなって、どんなことにも粘りが出てきたと思うよ。
 そして、いつも、あなたは人に優しいね。それはずっと変わらないでね。
 どんなにきつく叱っても、あなたのことが大好きだから・・・いつでも側で勇気の個性をお父さんとお母さんは見ているよ。心豊かに大きくなってね。
 小学校に行っても、大人になっても、あなたは私達(お父さんとお母さん)の宝物です。
 私のお腹から生まれてくれて、ありがとう。


■30年前の思いが現実となって
 30年近く前、この地に引っ越してきた私は、母と買い物に来る度に『あの積み木の形をした建物に入ってみたい・・・』と思ったものでした。まさか我が子の入園を期にそれが叶うとは夢にも思わず・・・。
 3年前、親子共々ドキドキしながらクラス分けの掲示を見、いちご組へ足を運び・・・そして初登園。
 バスに乗り込んだ後、「え?お母さんは?」という顔をしながらバスは走り出し、帰って来たときは顔をこわばらせて飛びついてきたね。でも泣くのを必死でこらえていた継之助に私の方が涙ぐんでしまった一瞬でした。
 いろいろ迷った末の3年保育でしたが、本当に入れて良かったと思える毎日でした。そして先生方には、3年間、頭が下がる想いでした。四季折々の行事を楽しみながら、また、同じ行事の中に息子の成長振りを1年前と比べながら。
 ゆみ先生に抱きついたまま離れなかった年少の運動会、絵が描けないと泣き続けた年中の描画活動。そして年長さんになり、体育会系ではとても優れているとは思えない彼が”負けたくない”顔をして一生懸命走る姿、優勝を身体一杯で喜ぶ姿には本当に感動してしまいました。
 ラスト数ヶ月は父親の入院というアクシデントの中、寂しい思いをさせてしまいましたが、園の皆さんやお友達のお蔭で毎日楽しく過ごすことが出来、親の私は救われました。
 小さい頃から身体が丈夫でなかったあの子が年長さんになり一日も休まずに通園できたこと、感無量です。
 袖を折ったブカブカの上着に、大きな通園かばんで入園した継之助が、チンチクリンになった上着と、同じものと思えないほど小さく見える破れて買い換えた通園カバンで無事卒園式を迎えることができます。園長先生はじめ先生方、お友達、お母様方、私達家族に光り輝く3年間をありがうございました。
 そして・・・継之助卒園おめでとう!


■微笑みの1週間目の登園拒否
*知佳へ
 卒園おめでとう。入園したのはお姉ちゃんが年長のときでした。待ちに待った憧れの幼稚園という感じでしたね。お姉ちゃんが年少、年中の頃はお姉ちゃんのことが心配で幼稚園に足を運ぶ回数が多かったので、一緒に連れていった知佳も千里敬愛幼稚園にすっかり慣れ、先生方やお姉ちゃんのお友達にも顔を覚えてもらい可愛がってもらいました。そんな恵まれた環境だったので、入園しても登園拒否なんて全く考えていませんでした。
 ところが、入園式から1週間ほどたった朝に「幼稚園はもういい」と言い出したのには、「どうしよう」というよりも思わず笑ってしまいました。楽しいところでも毎日通うということはとても大変なことだと感じたのでしょう。でも、すぐにたくさんのお友達ができて、降園後もお友達との約束で忙しいこともしばしばありましたね。仲良しさんには、元気いっぱいのお友達が多く「類は友を呼ぶ」を実感せずにはいられませんでした。人見知りをするお姉ちゃんは知佳のお友達が来ると、いつも小さくなって誰がお客さんか分からなかったのがおかしかったです。
 お母さんとしての活動は、お姉ちゃんが在園したときも含めエプロンママ、SOS、図書委員、ベルマーク委員、学園祭りバザースタッフ、卒業文集委員、終了式のお世話係など少しずつでしたが、私なりに充実したものだったと思います。子育てだけの生活から、子どもを幼稚園に通わせて手が離れたということだけでなく、お母さんも幼稚園での活動などで充実した時間を過ごせたことは意味のある5年間だったと思います。
 知佳と一緒にお母さんも卒園です。知佳は歌が好きで幼稚園で習った歌をよく一緒に歌いましたね。そのおかげでお母さんも園長先生が作られた歌を何曲も歌えるようになりました。卒園式でのお友達と元気いっぱいに歌ってくれた歌声はとても可愛らしく、感動しました。
 「たくさんの可愛い」をありがとう。この幼稚園で過ごした知佳の幼稚園児の可愛らしさをいつまでも忘れないでいたいです。
 最後になりましたがお世話になりました先生方、たくさんのお友達、本当にありがとうございました。


■幼稚園で見つけた息子の一面
 しっかり者・・・と入園当初から親の方は余り心配もせずに過ごしていましたが、大地の意外な一面を見つけたのはいちご組の発表会でした。
 普段は園での出来事をよく話していたのですが、発表会のことは話そうとしません。
 当日の朝は今まで泣いて登園を嫌がったことはなかったのに、出かけようとすると大泣きします。困った主人が抱えて車に乗せたほどです。車中では一言も口をききません。
 そんな様子をみた義母が一言、「緊張してるんとちがう?」
 主人も私も思いもよりませんでした。しっかりしてるしまだ小さいから・・・とたかをくくっていたら緊張で張り詰めていたとは。正直驚きました。今まで大地のこんな一面を見たことが無かったのです。
 いざ本番。どんな様子か心配してみていたら、笑顔で登場!すごく楽しそう。のびのび演じていました。帰りの車中では「ママ発表会どうだった?大地はうれしくって楽しくって体が熱くなっちゃったよ!」でした。すごくホッとしたのを今でも覚えています。
 そんな「緊張」がその後も幾つかありました。
 「1つずつ1つずつ乗り越えてそれが大ちゃんの自信につながると信じてます」とカノンに書いて下さったのはくま組の先生。ぺんぎん組の先生は、納得がいかないとウンとは言わない大地に粘り強く説明をして下さいいました。
 そしてそんなとき、励ましてくれたのがお友達やお友達のお母さん達でした。
 お友達のお母さんからのメ-ルに「大ちゃんの人生の半分を千里敬愛で過ごしたんだね」と、ありました。本当に充実した3年間を過ごすことが出来ました。これからも色々なことが待っていると思うけれどがんばれ大地!とエ-ルを贈ってやりたいと思っています。


■卒園
 「白いブラウスの手のところがいっぱい見えてる。上着がちっちゃい!」
 気がつかずにいた。そう言えば袖上げをしていた。夜遅くに元に戻す。不器用な仕上がりなのに、
 「ありがとう、ママ」
 テカテカになっているスカートの紐の止め具が下の方になっている。
 ごめんね、自分で下げたの?
 明日でもう着ることがない制服にアイロンをかけた。ピシッとなった。でもブラウスの袖のゴムの間の落ちない汚れ。
 「襟のところがつるつるできもちいい」
 今日は卒園式。
 「卒園おめでとう」
 (なんでおめでとうなんだろう)
 「ありがとう」
 (さみしいのに)
 ~~~~~~~~~~~~~~~~
 飛び跳ねるように登園した入園式の日。
 娘はクラスの中で自分の居場所をどうやって見つけるのだろうか。自分の気持ちをどう表現するのだろうか。新しい自分の世界に一人で歩いて行く我が子に、頼もしさを覚えたのと同時に寂しさを感じたのは2年前でした。その世界は娘にとって、好奇心をくすぐられ、感覚を刺激され、自由な心で生き生きと楽しむことができた素晴らしいものだったようです。
 クラスでの活動やいろいろな行事の様子を一生懸命話してくれる娘を見て、私もワクワクしながら園に足を運びました。
 卒園式後、いつもと変らない娘の様子に、まだ幼いから卒園の意味が解っていないのだろうと思っていましたが、「…寂しいのに」とつぶやいた表情に一瞬ドキッとするほどの成長を見ました。
 親の願い、喜びは我が子の「心からの笑顔」です。千里敬愛幼稚園には娘のその笑顔がありました。その中で身体も心も確かに育っていることをとても嬉しく思いました。
 今は寂しいけれど、次に来る新しい世界もきっと大丈夫!・・・そう思いました。
 早恵は植松先生(かもめ組)、城谷先生(りす組)が大好きでした。先生方の元気でやさしい笑顔が溢れていたクラスが大好きでした。私も大好きでした。楽しい日々をありがとうございました。
 また お世話になった諸先生方、職員の皆様ありがとうございました。


■3年間の宝物
 まるで楽しい出来事が待っているかのように、卒園式までのカウントダウン、指を折って数え始めたね。「あと5つ寝たら、あと4つ寝たら。あと・・・。遠足やリレー大会じゃないよ。幼稚園、最後の日だよ。・・・3・2・1」
 賢ちゃん、卒園おめでとう。
 3年前、新しい出会いに胸を弾ませたとき、今日のこの別れの寂しさを想像することはできなかったね。
 入園当初、体中で泣きながらバスに乗って行く姿を見て、「嫌がる子を無理矢理通園させることに、意味があるのか。心の傷にならないか」と、悩んだときもありましたが、年長の発表会、卒園式での賢ちゃんの勇姿を見て、あんなに辛く悩んだことが、今となっては懐かしい思い出です。
 四季を通じてのたくさんの幼稚園行事に、家でも話が尽きることはなかったね。新しい世界に全てが新鮮だった年少時、初めての団体生活にとまどいながらも、次第に幼稚園に慣れていきました。
 少し余裕の出てきた年中時、会話の中で的を射た発言が、しばしば窺えるようになりました。自分の考えを言えるようになったのも多分、この頃だね。
 年長になると園外保育も多く、初めての体験に心が動かされ、感動という名の感情が芽生えて心地良かったね。
 おなかが捩れるくらい笑ったり、お友達と喧嘩して泣いたり、たくさんの汗を掻いて頑張ったり、本当に楽しい時間というのは、あっという間でしたね。
 3年間かけて拾ってきたどんぐりや葉っぱや石で、宝物箱は一杯になったけれど、心の中の宝物箱は、千里敬愛幼稚園で過ごした年月が、いつまでも色褪せることなく輝き続けているよね。これからも賢ちゃんの笑顔で宝物箱が一杯になるように、パパとママは、見守っています。
 最後になりましたが、賢の卒園に当たり、園長先生をはじめ、教職員の皆様に心からお礼を申し上げます。また、賢と仲良くしてくれたお友達、お世話をして下さったご父兄の皆様、本当にありがとうございました。        合掌


■楽しかった、かけがえのない3年間
 3年前の4月、泣かずに行ってくれるかなという不安をよそに、すんなりとバスに乗り込み、無常にもパタンと閉まって早々と行ってしまうバスの後姿をいつまでも見送り、寂しさがこみ上げてきた来たときのことがついこの間のように思えるのに、もう卒園です。
 年少の頃は毎日どのように園で過ごしているのか知りたくて、今日は何したのかを聞いても返事は返ってこず、とても歯がゆい思いをしていました。
 年中になり相変わらずマイペースの峻が2学期の終り頃、突然幼稚園に行きたくないと言い出し、末廣先生と小谷先生にかみなり号で来てもらい、枕元まで誘いに来てくださったことが思い出され、あの頃は不安のどん底でした。でもその後の発表会では 体一杯使って演じていたり 歌を歌っていたりしているのを観て、楽しくやっているというのを実感し感激してしまいました。
 年長では色々行事も盛沢山で、私自身が幼稚園に行く機会も増え、年少に入った妹のことをいつも気にかけ、朝、家を出るときも、「理歩、もう行くよ」と声をかけてバス停まで連れて行ってやったり、手を繋いでぶどう組のお部屋へ連れて行ってやったり、かもめ組のお部屋では、とても楽しげに大きい声を出して、お友達と戦いごっこをしている姿がみられ、成長した一面を感じました。
 夏休みに、逆上がりと縄跳びの練習を日課とし、ついに逆上がりが出来たとき、感動で力一杯抱きしめてしまって、「お母さん、苦しいよ」と言われたけれど あのなんとも言えない満足げな顔は忘れられません。
 いつの日か車に乗ると、「幼稚園の音楽かけて」というようになり、「ありがとう拍手を」や「見つけたんだ」を何回も聞かされ、発表会当日は大きくお口を開けて歌っている姿を見て感激し、涙が溢れました。
 火の鳥も家で台詞を教えてくれたり、「火の鳥がイワンを飛ばすところで 僕シンバルするよ」と自信たっぷりに説明してくれたこと、縄跳びは苦手だと思っていたのに、いつのまにか驚くくらい記録を更新して縄跳び大会では60秒クリアしたこと、3学期に入っては感激することばかりで どうしてこんなに涙が出てくるのか不思議なくらい、意地っ張りの私がとても素直になれる日々でした。
 本当に私にとっても峻にとっても貴重なかけがえのない3年間でした。園長先生をはじめ西木先生、川地ゆみ先生、山下和子先生、末廣京先生、植松朋子先生、教職員の方々有難うございました。峻は先生にも 幼稚園にも恵まれて楽しかった事と思います。


■深夜3時で補欠28番
 とうとう2年間の幼稚園生活が終わってしまいました。
 「はーっ、また今から2年間始まるのか・・・」という思いでスタートしたのですが、今では、まだまだかわいい幼稚園児でいて欲しい!と思ってしまいます。
 娘の入園は3年年中組に編入という形でした。
 あの願書受付の日、夜中の3時頃主人は園へ。しかし、すでに整理券(?)を配っていて、「補欠の28番」でした。
 かなりのショックで結局一睡もせず、そのままお姉ちゃんの運動会に…。
 当時は、幼稚園に行きたくないと言っていたので、前を通るたびに「つみきの幼稚園、お母さんも行ってたよ。同じところに行こうね、楽しいよ!」と言い聞かせていたのに・・・。今さらよその幼稚園に見学に行っても入ることすらしてくれません。
 「もういいや、だめやったらそのとき考えよう」と思い始めたころ、すでに2月!やっと入園OK!の通知がきました。もう、とにかく4月から入園できることに、みんながホッとしていました。
 やっぱり最初は泣いていました。
 「園庭に向かって、おかあ~さんって泣いてました」て聞くと胸がいっぱいになったこともありました。でも、すぐに(?)笑顔で「いってきまーす!」と言えるようになり、子どもの成長ってすごいなーと実感しました。
 とにかく毎日が楽しいようで、それでも泣くことがたびたびありながらも結局2年間一日も「行きたくない」という日はありませんでした。先生やお友達と過ごす時間は娘にとって刺激があり、とても楽しかったのでしょうね。
 行事が多く、そのときは大変でしたが、あんなに楽しい顔、あんなに嬉しい顔、あんなに悔しい顔、見ることができました。
 私は仕事をしているので、泣いていてもほって行かなくてはいけない、園のお手伝いもわずかしかできず、「給食のとき来てくれないの?」と言われたこともあり、仕事を辞めようかと考えましたが、娘なりに理解してくれていたようで、「いってらしゃい」「いってきます。お母さんもお仕事頑張ってね」を毎朝門の前で交わすようになりました。
 子どもだけがどんどん成長し、私が必死についていっている感じです。
 卒園式の後、お部屋で先生が話していてもおしゃべりばかり。でも、どことなく引きつった感じ、黙ってると泣いちゃうのよね。
 ほんとにあっという間に卒園を迎えましたが、子ども達は小学生になるという次への希望や期待でいっぱいなんでしょうね、みんなお兄ちゃんお姉ちゃんの顔になっていました。
 まだまだ書き留めておきたいことはたくさんありますが、私の胸に、娘の胸にしまっておくことにします。
 ぞう組だった京先生、つばめ組のとも子先生、泣き虫夏奈をみていただき本当にありがとうございました。いつも「かなちゃん」と声をかけてくれた先生方、遊んでくれたお友達、親子共々お世話になったお母さん方ありがとうございました。
 そしていつの日か、「おばあちゃんも行ってたよ」と言える日がくればいいなぁと思います
*夏奈へ
 いつまでもその笑顔を忘れないでね。


■2つの幼稚園
 由規ちゃん 卒園おめでとう。本当に早いものですね。
 3才2ヶ月で鹿児島の幼稚園に入園し、その1ヶ月後に2人目の妹が誕生し、そして、翌年4月に大阪へ引越し、5月から千里敬愛幼稚園に変わり、2年間通園させてもらいました。一度も幼稚園に行きたくないと言わず、暑い日も寒い日も負けずに頑張って通園しましたね。
 ただ、朝起きるときは苦手でしたね。今だに家の中で1番遅く起きる由規ちゃん。小学生になったらもっと早く家を出なくてはいけないので、頑張って起きましょうね。
 由規ちゃんは2つの幼稚園に通ったけど、どちらも良いお友達、先生方に恵まれてよかったね。
 でも、最初、千里敬愛幼稚園の塗りたくり、段ボール遊びを見たときは正直驚きました。特にノコギリを使った段ボール遊びは、最初は、怪我をしないかな、させないかなって心配だったけど、楽しそうに考えながら一生懸命やっている姿を見て、応援したくなる気分になってきました。
家でも段ボール箱を使ってお家やお店屋さんを作り、妹達と楽しく遊んでいましたね。
 あと、やはり1番嬉しく思い出に残っているのは、年長のリレー大会ですね。由規ちゃんが走っている姿を見て、お母さんは元気をもらいました。
 あと、いろいろ思い出はあるけれど、これからも1つ1つ思い出を積み重ねていきましょうね。お父さん、お母さんは由規ちゃんが健康で、感謝と思いやりの気持ちを忘れない人であれば、あとは由規ちゃんらしさで育ってくれればいいと思います。
 最後になりましたが、園長先生、諸先生方、大変お世話になりました。親子共々、たくさんの感謝を味わうことができ、たくさんのありがとうを伝えたい所存であります。
*お父さんより由規へ
 早いもので、いつの間にか幼稚園も卒園し、小学生になりますね。
 これからも妹達やお友達と仲良く、元気な子に育っていってください。


■心の成長
 咲希、卒園おめでとう。
 生れて初めてパパやママの元から離れての園生活が始まった三年前、不安と寂しさで一杯になった日々が懐かしく感じられます。
 園生活が大好きで一度も休みたいと言ったことも、行事が嫌と言ったこともなく、何をするときも常に一生懸命な姿勢にいつも涙目にさせられました。
 リレー大会では、「1位になれるよう頑張ってね」と言うと、「皆で頑張れば1位じゃなくてもいいねんで。頑張ることが大事やねんで」と、言ったときには、ママの成長より、もの凄いスピードで成長していく我子に焦りすら感じました。
 心の中の3年間の成長は驚くほどでした。行事が多く大変だったけど一緒に過ごすことの出来る千里敬愛幼稚園に入園させて良かったと思います。小学校へ行っても自信をもって頑張ってね。ママも一緒に頑張るからね。
 それと、咲希にお礼を言いたいことがあります。
 「3年間、お弁当に嫌いな物が入っていてもママが一生懸命作ってくれたから残したらかわいそうだからと一度も残すことなく完食してくれてありがとう」
 最後になりましたが、園長先生、諸先生方、お世話になりありがとうございました。


■卒園文集によせて
 「あっ、バスもう来てる。すいません!」バス通園最後の日もこの調子。私達親子の幼稚園生活3年間はまさに「光陰矢のごとし」。そして大変な毎日でした。
 思えば入園する1ヶ月ほど前、私達家族は難病の主人の父親と一緒に千里に引っ越して来ました。寝たきりの義父には私と義母が24時間体制の看病を続けていましたので、彼女の入園準備もままならない放ったらかしの状態でした。そんな彼女を気の毒に思ったのか義父は入園式の数日前に亡くなりました。
 気がつけば近くにお友達もいなくて、おまけに4月1日生まれのホヤホヤの3才児ということもあり、嫌がらずに毎日通園してくれるのかということが最大の気掛りでした。
 しかし彼女は親のそんな心配をよそに毎日元気いっぱいで、一日も嫌がることなく本当に楽しく園生活を過ごしてくれました。
 年中のときには、私は久しぶりに仕事を始めたため、家にいる時間が限られてしまったり、また長男の中学受験のため受験中心の生活になったり、そしてまた年長では主人が単身赴任になり寂しい思いをさせたり、いつもバタバタと忙しく何かと彼女に負担をかけてしまう毎日でした。
 その分、幼稚園では思いっきり楽しんでやろうと彼女なりに考えていたのかもしれません。
 来月から小学生なんて今も信じられませんが、今まで以上に明るく元気にそして色んなことに興味を示してくれる好奇心旺盛な子どもになってほしいと願っています。
 3年間ご指導をいただき、本当にありがとうございました。


■平成15年の春
 良・・・早産で未熟児、生まれたばかりのあなたはすぐ保育器へ連れて行かれちゃったね。お母さんは病室であなたと枕を並べて寝たかったんだよ。それにね、退院するのもお母さんだけ先。あなたをだっこして退院したかったな。
 赤ちゃんだったあなたがお兄ちゃんになり、少しずつ子どもらしくなって、やがて入園を迎えました。
 覚えてますか?バスに乗るときは、大泣きしていたことを・・・。
 あなたは園に行くのが嫌で泣いていたけれど、お母さんはとっても嬉しかったです。なぜかわかりますか?
 「お母さんと離れるのがこんなに辛いのね。お母さんのことがこんなに好きなのね!」
 今まで感じたことのない幸せな一体感だったのをはっきり覚えています。これは、母親だけの特権でしょうか。
 もう、あのときと同じように、回りにわき目も振らず、「おかあちゃん!」と必要とされることはありません。振り返れば、少し寂しいような心持ちですが、もうすぐ一年生になるあなたなら当たり前のことですね。
 あなたも、お母さんも2月、早咲きの梅の季節に生まれました。遅咲きの桜もあるでしょう。あなたは大きくなったら、どんな花(男の子を花にたとえるのはオカシイですが)を咲かせるのでしょう。四季の移ろいの中、それぞれの恵みに感謝しながら芽を伸ばしていってください。ずっと見守っています。
 良、卒園おめでとう!
 先生方、見えない根っこ作りに細やかな愛情を注いでいただいてありがとうございました。


■ここで学べて、大きく成長
 幼稚園に入園する前は、自分の名前も言えず、本当に集団生活の中で、みんなと仲良くやっていけるか心配でしたが、入園してみると、泣くことなく、お友達が大好きで、毎日楽しく幼稚園に通い、1人で何でも出来て、私の心配は何だったのかなぁと思うほどでした。
 年少のときは、万博公園でカラスにお弁当をつつかれたり、お友達と遊んでいて幼稚園の前の噴水に落ちたりと、笑ってしまうことがいっぱいありました。
 一番の思い出は年長のときのリレー大会、発表会です。
 発表会では少し緊張気味でしたが、今まで見たことのない表情やしぐさを見せてくれました。
 リレーは本当に活躍したね。
 「今日もリレーしたよ。今日も1位だよ」と嬉しく教えてくれました。
 自分の力を思い切り出し切って、ひとつ終える毎に喜びと自信につながっているのだと思いました。
 担任を受け持って先生は、いつも同じ言葉を息子に言ってくれました。
 「いつも元気一杯、笑顔一杯走り回り、お友達が大好き」
 千里敬愛幼稚園で学んでいなければ、こんな明るく元気一杯の息子に出会えなかったような気がします。
 ここまで大きく成長し、沢山のお友達を作ることができたのは、担任の先生をはじめ、諸先生方が、時には厳しく、いつも温かく見守って下さったお陰だと思います。本当に、いつもご迷惑をかけ、3年間お世話になり、ありがとうございました。


■クールな娘の登園拒否
 娘には希望と喜びで一杯の幼稚園生活。私には娘が初めて自分の手元を離れる不安と心配でいっぱいの幼稚園生活・・・。
 予想通り、親の心、子知らず、後ろも振り返らずバスに乗り、涙ぐむ私に手も振らずに出発して行ったあの日から早3年。もう、卒園です。
 娘はガミガミから離れ、水を得た魚のようでした。帰って来ると先生がして下さる紙芝居を弟を生徒にして聞かせ、歌と踊りは私もばっちり覚えられるほど見せ、聞かせてくれました。
 そんな娘も1度だけ、登園拒否したことがありました。
 「ママと弟で、私が幼稚園に行っている間、何をしているの?」と考えてしまった日。私はクールな子だと思っていたので驚き、ただただ慌ててしまい、園にお休みの電話を入れました。
 すると、何と娘1人のために先生がお迎えに来て、泣いて暴れる娘を連れて行って下さいました。お陰様で1週間ほどで何もなかったようにバスに乗るようになりました。
 私は母親なのになにも出来ず・・・先生にも一緒に育てていただいていると実感する出来事でした。
 日常の話の中からは、担任以外の先生方にまで声をかけていただいたり、話を聞いていただいていることもよく分かりました。娘は先生方が優しいことを、いつも自慢していました。
 そんなこんなで充実した幼稚園生活は、あっという間に3年が過ぎ、卒園です。
 私達親子がこんなに充実した3年を送れたことを皆様に御礼申し上げたいです。いいお友達に恵まれ、お母様方に助けていただき、楽しませていただきました。お気遣いや細やかな運転で毎日無事に子ども達を運んで下さった運転手さんにも、小さな傷に優しくバンドエイドして下さった事務所の先生方にも、楽しい体育のかみなり先生にも、もちろん、毎日毎日温かく見守って下さった担任の植松先生、土師先生、本当にありがとうございました。


■家族全員、大好き
 参拝から帰って来て、由莉香がぽつりと、「また発表会、出来るかな?また、やりたいなぁ・・・」
 その言葉で、園生活が残り少ないことを思い出してしまい、胸がつまって返事に困ってしまいました。
 そう言えば、京都参拝の行き帰りのバスの中で、ずっと流れていた発表会の曲。子ども達は本当に楽しそうに身体全部を使ってバスの中で発表会をやってのけてくれました。
 こんな小さな子ども達の心の中に、しっかりと刻み込まれた発表会は、麻美先生とあひる組の皆の気持ちとアイディアを積み重ねて出来た、世界でひとつしかない大切な宝物なんだと痛感させられました。
 兄からお世話になった5年間という月日は一口では言い表せない大切な時間です。特に由莉香が入園してからの3年間は、園に関わる楽しさに目覚めて、子ども以上に幼稚園が大好きになり、何かと用事を見つけては足繁く通わせていただきました。主人も右に同じで、毎週月曜日のお迎えに加え、行事があると可能な限り仕事を休んで参観に来ていました。
 私だけが園に行っていると、仕事先からメールで、「今日も行ってたん?よく行くネ。あそこは何か楽しくなるし、癒されるよな」と羨ましい様子・・・。
 こんな風に家族全員が大好きだった幼稚園とお別れする寂しさは、なかなか言葉では表現できません。とにかく、卒園を思うと、私も由莉香も涙が出て来て止まらないのです。
 3月に入った頃から、由莉香は毎日、「帰りのバスに乗ると寂しくなるの」とか、「14日は泣いてしまう」とか寂しい気持ちばかりを言うようになり、卒園式の週になると、毎日先生やお友達のことを思って泣いてばかりいました。
 でも、こんな素敵な気持ちをプレゼントしてくれた麻美先生をはじめ、あひる組のお友達、本当に1年間、ありがとうございました。明るくて元気で、熱い麻美先生のいるあひる組で最後の1年間を過ごせて、本当に幸せでした。皆とは毎日会えなくなりますが、楽しい思い出をたくさん抱えて入学できると思います。
 「寂しい」と「ありがとう」の言葉しか今はみつかりませんが、園長先生をはじめ、由莉香を見守っていただいてきた園に関わる全ての方々に、感謝の気持ちで一杯です。本当に5年間、お世話になりました。楽しい思い出をたくさんいただいて、ありがとうございます。


■千里敬愛幼稚園に入園して
 はっきり言って、入園式まで園長先生の顔も知らずに入園しました。
 と言うのも、いろいろ幼稚園の説明会巡りをしましたが、千里敬愛だけは定員人数も多く、気の弱い英太には合わないと考え、説明会にも参加しなかったためです。
 ところが、念のため、願書だけと思い、最終日に見学に行った際の子ども達の言動が、先生方の動きが私達の固定概念を変えたのです。
 私達親子に、「ここは工事しているから遊んだらあかんで」「ここは滑るから小さい子は気い付けや」など、他にもいろいろそれぞれ違う子達がいっぱいいっぱい声をかけてくれました。
 また、先生方も皆さんが声をかけて下さり、今まで巡った幼稚園になかったことばかりで本当に感動しました。
 という訳で、それまでの友達とは離れ、両親の考えで1人だけで入園させました。
 親も不安で、子どもも不安で、あげくの果てに1人バス停で・・・という悪条件の中、毎日毎日抱えてバスに乗せていただき、休み明け前に電話をいただくという日々が続きましたが、親の心配をよそに、徐々に友達もでき、年中の初めまで泣いていた子が、卒園式のとき、「幼稚園を卒園したくない!先生と一緒にいたい!」と、泣いて泣いて、どうしようもなく泣いていました。
 毎日が運動会、発表会、リレー大会など、楽しい思い出を子どもに残してやれたこと、千里敬愛を選んだ親としての誇りです。
 素晴らしい先生方やスタッフの方々に恵まれ、英太は本当に幸せ者だと思います。本当にありがとうございました。
 いつまでも、いつまでも今の千里敬愛でいて欲しいと思います。押さえつけるのではなく、かと言ってけじめもしっかりあり、子ども達も先生方もお母さん達も、皆が楽しそうにしている千里敬愛のままで・・・。


■ここで学べて、大きく成長
 あき、卒園おめでとう。
 補欠で待っていた入園が、2月頃、OKの電話があり、「お兄ちゃんと幼稚園に行ける」と喜んだね。
 入園式の日も、「あき、絶対いちご組がいい」と言ってた通りで、「やったー」と大喜び。次の日、お兄ちゃんと、「行ってきまーす」とバスにあっさり乗って行ってしまい、お母さんは少し寂しい気持ちでした。
 年少では山下先生、川地先生2人のもとで毎日楽しく過ごしたね。お誕生会はお兄ちゃんとだぶり、お兄ちゃんは最後だからお母さん、あきはお父さんに、「お母さんがいい」と泣いて、途中でお母さんを迎えに来たね。
 年中ひつじ組は田邊先生だったね。
 お母さんは3人目を妊娠して随分寂しい想いをさせたなと思います。先生からは、どの絵にも赤ちゃんが登場しますよと、手紙、電話をいただいたりもしました。少し赤ちゃん返りもしましたが、赤ちゃんが産まれて参観に連れて行った時には家では見せないお兄ちゃんになっていて、成長したなぁと実感しました。
 クラスのお友達の前で自分らしさを出し始めるようになったね。
 運動会は大好きで、園長の毎日が運動会の言葉通りで、特にリレーは最後まで頑張る姿が目に焼きついています。
 そして、植松先生のかもめ組、いちご組、ひつじ組の知っている友達が多く、毎日、幼稚園が楽しくて楽しくてたまらない様子に、このままずっと時間が止まればいいのにと思いました。
 年長のリレー大会では年中よりも速く走るようになっていて、応援にも力が入りました。
 発表会は「火の鳥」で、王様の顔、魔王の顔と鏡で研究して、歌も毎日歌っていましたね。
 京都参拝は一番の寒さで、雪が降っていたけど、お友達と一緒にいれて良かったね。
 いよいよ、縄跳び大会。休みの日に、お母さん見ててと、見せてもらうと、5回、7回、あーしんどいと言っていて、不安だらけの当日、練習した成果はバッチリ、クリアーとまではいかなかったけど、「あき、頑張ったよ」という言葉通り、一生懸命跳んでいる姿が印象的でした。
 この3年間、あきにとって一杯経験したし、思い出も一杯できたね。
 兄から5年間、千里敬愛にお世話になり、私も沢山の友人ができ、いろいろな行事にも参加し、思い出という宝物ができました。
 いつも優しく接して下さった先生方、仲良く遊んでくれたお友達、ありがとうございました。


■アトピーで病弱だった年少から
 思い起こせば3年前、望をどこの幼稚園に入れるかを考えて、色々な幼稚園の説明会に足を運びました。そして最後に行った千里敬愛幼稚園の説明会で園長先生のお話を聞き、「この幼稚園しかない!」と、かなり強く思って帰り、気合いを入れて入園のために並びました。
 初めの初めの第一歩、ドキドキワクワクの入園式は、えっ?!っていう感じで少々拍子抜け・・・。でも、子どもにとっては本当に無理のない入園式でした。
 初めてのバス通園、涙、涙のお別れがあるかもと思っていましたが、意外にあっさりとバイバーイと手を振られ、それはそれで嬉しいような、寂しいような、まあ、でも、順調にスタートした年少さん生活でしたが、まだその時期は望のアトピーもひどく、幼稚園でその姿を見るとズーンと落ち込んだりもしました。そのせいもあったのか、とにかくいろんな流行の病気(水ぼうそうetc)に次々とよくかかり、行事という行事はほとんど欠席で終わってしまいました。
 どうなるかなーと思って迎えた年中さん生活。やはり年少さん時代は無駄ではありませんでした。体力もできてきて、お休みすることも少なくなりました。今まで全然知らなかった新しいお友達もできて、また、少し頼もしくなりました。母も初めてエプロンママに参加して、楽しかったです。
 そして、早いもので年長さん生活を迎えることになりました。
 年長さんは、なってすぐから行事続きで驚きでしたが、そんな忙しい毎日も望にとっては楽しい日々だったようです。お友達同士のつながりも、より強くなって、その中で色々なことを教えてもらい、自分もできるようになりたいとか、やってみたいとい気持ちも強くなっていったように思います。
 母もエプロンママをはじめ、ベルマーク委員や学祭のスタッフなんかも初体験させてもらって、いろいろしんどい所もありましたが、終わってみればすごく楽しかったです!望のお陰で、母にも良い出会いが沢山あった幼稚園生活。
 そして、今、これから始まるまたまた新しい第一歩。さて、どうなりますやら。
 先日、望が突然、「お母さんはどんな男性がタイプ?」と聞くので、「そうやな。のーちゃんはどんな人がいいの?」と聞き返すと、「のーちゃんは優しくて真面目な人」と、親が教えもしないのに6歳にして堅実な答を言う、しっかり者の望は小学校に行っても大丈夫かなと親バカで思ったりもしています(細かい心配は多々ありますが)。
 最後になりましたが、望が幼稚園生活をいきいきと過ごすことができたのは、先生方をはじめ、バスのおっちゃん、お友達のお母さんなど、沢山の方々のお陰だと思います。本当にありがとうございました。


■大きく変わった2年間
 雅章、卒園おめでとう。
 思い起こせば2年前の初登園の日、心配するお母さんをよそに、振り向きもせず、バスに乗り込み、必死に手を振るお母さんに気付きもせずに行ってしまいましたね。あれから2年、1度も嫌がることなく元気に通園し、もう卒園ですね。
 そんな楽しかった園生活ですが、1度だけ、心配して涙したことがあります。それは入園当初、あなたはお友達が沢山できたと喜び、元気に通園していました。でも、そんなあなたの元気さとかみ合わないお友達もいるという話がいくつかお母さんの耳に届きました。それとなく聞いてもよく分からない様子で、先生や仲の良いお母さんに聞いても、そんなことないとのこと。下の子の出産で、参観にも行けないため、自分で園のあなたの様子を見ることもできず、元気一杯に帰って来るあなたを見ると、かえって不安になるばかりでした。
 でも、2学期になり、赤ちゃんと弟を連れて参観に行くと、あなたは沢山のお友達に囲まれて、本当に楽しそうに遊んでいましたね。今度は嬉しくて涙が出ました。お母さんが勝手に心配し、やきもきしなくても、ちゃんと皆の中で学び、成長し、素敵な友達関係を築いていたのですね。それからは安心して、あなたの成長を見守ることができました。
 大好きな、なみ先生のもと、何をやっても楽しかった年中さん。でも、勝負事に全く興味がなく、いつもお友達のすごい所を自慢しているあなたの優しさを嬉しいような、少し頼りないような気持ちで見ていました。
 それが年長になり、今度は大好きな奈緒子先生のもと、少しずつ変化が。
 リレーでは前日から緊張し、2位だったことを悔しがり、苦手だった縄跳び大会では、自分から赤帽子にして後ろ跳びにチャレンジ。40秒に成功したときは、お母さんもとてもドキドキしたよ。
 2年間で、こんなにも成長した雅章を温かく見守って下さった、なみ先生、奈緒子先生、園長先生をはじめ、沢山の職員の皆様、ありがとうございました。
 そして、この2年間でできた、沢山の大切なお友達と、そのお母さん、どうぞこれからも宜しくお願いします。


■またお世話になる日が
 「こころちゃん、待ってましたよ」と入園式のとき、黒坂先生に声をかけていただき、とても嬉しかったです。洋太が年中、年長と担任をしてもらった黒坂先生。年長のとき生まれた、こころが年少で入園したのです。園長先生にも、「お姉ちゃんとお兄ちゃんにそっくりやな」と言われるぐらい、親の私でさえも、姉の帆波が園に通っていた頃と錯覚してしまうぐらい、よく似ていました。
 千里敬愛幼稚園は本当に変わることなく、色々な行事も同じで・・・変わったというと各クラスの名前が増えたり、減ったり。教室もほとんど同じ位置で、西木先生の体育参観では洋太がしているような気になったりするぐらい本当に同じで・・・。昔から一貫した教育をされていましたが、時代が変わっても私の子ども達は皆、幼少時代に同じ教育を受けられたとこに感謝し、その素晴らしいことを肌で感じ、感動しています。
 それからもうひとつ感激したのは、帆波が中学校から職場体験で千里敬愛幼稚園に来ていたことです。初日はこころを送りがてら(いつもは門でバイバイなのに・・・)、つい園庭まで入って行き、帆波を見つけ、担当となったクラスを聞いて、先生にご挨拶をするという親バカなことをしましたが、本当に嬉しかったです。
 帆波から、園児達が帰った後の先生方のご苦労を聞き、びっくりしてしまいました。毎日、力仕事やピアノ練習・・・他、本当にご苦労様です。
 「お母さん、幼稚園の先生は本当に力仕事もするし、ピアノも弾けなきゃいけなくて大変だけど、園児達は可愛くて、見ていたら、よぉ~し、頑張るぞ!っていう気になるよ。だから私は絶対、幼稚園の先生になるよ」と帆波が言っておりました。
 こころは卒園しますが、いずれまた園長先生のお世話になるときが来るかも・・・!?その時は、どうぞ宜しくお願い致します。
 いつまでも変わらない千里敬愛幼稚園でいて下さいね。
 長い長い間、お世話になり、本当にありがとうございました。


■寂しい思いもさせてしまって
 洋佑、卒園おめでとう。
 体験入園のときは泣き、入園式のときは緊張していた彼の姿が、つい先日のことのように思い出されます。あっという間の2年間でした。
 沢山のお友達と仲良くなって、毎日毎日楽しく過ごした幼稚園年中時代。
 入園当初、りす組で恥ずかしくて歌も歌えなかった彼が、いつの間にか誰よりも大きな声で歌を歌っていて、とても嬉しくて、とても楽しみでした。
 次男で泣き虫で、甘えたな彼が、幼稚園ではとても頑張ってしっかりしていて、びっくりしたり、おかしかったり。私が図書委員の日には朝から楽しみにしていた彼。照れながらいつも私の前に並ぶ彼。お友達と家でも一杯遊んだよね。
 そんな楽しかった年中時代が年長になると一変しました。
 親の都合で、お友達とも遊べず、いつも降園後私と2人で遊んでいました。親のせいで彼に寂しい思いをさせ、今でも彼に申し訳なかったと思っています。一言の文句も言わず、状況を把握し、諦め、退屈な日々を過ごさせてしまいました。
 幼稚園で、前日に家で遊んだお友達の輪に入って行けず、1人で遊ぶことが多くて登園できないときもありました。家ではいつも私の後をついて廻り、お手伝いを一杯してくれて、いつの間にか、美味しいお味噌汁まで1人で作れるようになってびっくりしました。
 幼稚園での、唯一お友達と遊べる時間を、とても楽しみにしていた彼。リレー大会は張り切って、とても真剣に走っている姿に感動してしまいました。発表会のもののけ姫は家で何度も繰り返し観て、とても上手に演じていて、この2年間の成長ぶりを感じ、喜びで一杯になりました。ありがとう拍手をの「ありがとう、お母さん」のフレーズを聞くと、今も涙してしまいます。
 これからも優しい洋佑でいて、一杯のお友達と仲良くして、楽しく過ごして欲しいです。
 最後に、身体的にいろいろあり、園長先生、先生方に多大なるご迷惑をおかけ致しました。園長先生、先生方、そして仲良くしていただいたお友達に感謝し、皆様に出会えたこと、嬉しく思います。ありがとうございました。


■新たな土地から、新たな土地へ
 海理が千里敬愛幼稚園に入園した年、2000年は色々な出来事がありました。
 最大のライバル、妹誕生。引っ越し、そして入園。
 千里敬愛幼稚園に入園するまで、長い道のりがありました。新しい土地での園探し、周りの情報もなく、手探りの状態で沢山の園を見学したり、説明会に参加したり。でも、どれも何かピンとくるものがありませんでした。そして、その何かを見つけることが出来たのは園長先生の一言。
 「うちの職員を見て下さい」でした。
 爽やかな笑顔と元気一杯の挨拶。そして何より園児達と一緒になって先生方が園庭で遊んでいる光景。
 「あ、ここだ」と直感した瞬間でした。
 入園前、どこへ行くにも、「ママと一緒」が口癖だった海理。いつもママのそばから離れたことがないあなたにとって、幼稚園で生活するなど予想もつきませんでした。入園手続きをしたものの、入園するまでの数ヶ月は、親と離れて楽しく園生活が過ごせるかしら、親の思いに代わって見ていただけるのかしら、そんな不安を抱いて過ごしていました。
 そして、初めてのバス通園の日。
 しばらくは泣いて通うだろうと覚悟していたのですが、その予想は見事に裏切られたのでした。
 さっそうとバスに乗り込み、笑顔で手を振ったあなたの姿は、一生忘れることはできないでしょう。
 それからという3年間は、本当に毎日楽しく過ごすことができました。
 入園当初、友達ゼロだったのが、今では沢山のお友達に恵まれ、母子共々かけがえのない園生活を過ごすことができました。
 めろん組、土師先生。何度もパンツを洗っていただきました。ありがとうございました。
 ひつじ組、田邊先生。発表会の十五少年漂流記、皆がひとつに輝くことが出来ました。
 年少の頃から、温かい目で接していただいた黒坂先生。毎朝の恒例のキスは海理にとって元気の源でした。
 そして、かもめ組、植松先生。かもめ組の応援が一番だったのは、かもめ組の先生が植松先生だったからです。いつもきめ細かく子ども達に接して下さり、ありがとうございました。
 2003年、春。また新たな土地での生活が始まりますが、この3年間で経験した数えきれない楽しい思い出を心のアルバムにしまって、また3年前のように笑顔で手を振ってくれることを期待しています。
 輝かしい未来に沢山の希望を持って、
頑張るぞ、エイエイ、オー!


■いろんな姿を見せてくれ
 萌ちゃん、卒園おめでとう。
 あっという間の2年間でしたね。
 お兄ちゃんが通うバスを、毎日羨ましそうに見送っていたあなたが、初めて嬉しそうにバスに乗って行った日のこと、今でも覚えています。
 あなたは本当に小さい頃から頑張り屋さんで、いつも何も言わずに必死にお兄ちゃんとママを追いかけていました。気が付くとニコニコ笑顔でママの側にいて、安心させてくれていました。
 萌ちゃんは何でもできるから・・・と勝手に安心してしまい、あなたのことを本当にしっかり見つめてあげていたのだろうか、今頃になって反省しています。ごめんなさいね。
 萌ちゃんがあひる組になって、年少で大和君が入園したとき、本当に素敵なお姉ちゃんぶりを発揮してくれましたね。年長になって初めての遠足の前日、弟を心配するあまり、遠足には行かないと、先生やママを困らせて、当日雨で遠足が流れてしまうと、あなたはとても喜んでくれました。
 この2年間、萌は色々な姿を見せてくれました。
 いつも最後までやり抜く粘り強い姿。
 お友達や周りの人を思いやる優しい姿。
 発表会や卒園式で見せてくれた自信に満ちた逞しい姿。
 どれもしっかり覚えています。これからも、いつも応援しています。また、新しい萌の姿を見せて下さい。
 園長先生をはじめ、麻実先生、なみ先生、すべての先生方、本当にありがとうございました。


■自分のペースで
 恭平にとって、幼稚園生活の始まりは決して楽しいものではありませんでした。寒い時期からの途中入園、3月生まれということもあって、身体も心もまだ親から離れる準備ができていなかったのですね。毎日泣いて、登園を嫌がり、親の方が辛くなるほどでした。
 春になって年中さん。相変わらず引っ込み思案で、おとなしめの姿を見ていて、イライラすることもしょっちゅうでした。
 年少のときの発表会で、園長先生が、「さあ聞こえてきましたよ」と紹介のとき、おっしゃったお決まりの泣き声を出していたのが恭平で、ずーっと先生の手を離すことができなかったのに、くま組の発表会で、はつらつと、そしてとても楽しそうに演じていたのに驚き、感動しました。
 年中さんの終わり、先生に、「やっぱり男の子だから、もっと強くなって欲しいので、空手でも習わせようかな」と相談したところ、「ちゃんと先生のお話を聞けて、我慢強く、お友達にも優しい恭ちゃんが、私にとっては誰よりも強い男の子でしたよ、お母さん」と言って下さったのが、涙が出るほど嬉しく、とても心に残っています。
 年長になってからは行事も多く、プールやリレー、縄跳びなど、お友達と比較されることも多い中、恭平は自分なりのペースで一歩一歩頑張っていましたね。ひとつひとつのことに一生懸命頑張る姿に、お母さんは心から拍手を贈ります。人と比べるのではなく、恭平の良い所を一杯見つけて誉めてあげられるよう、お母さんも心を大きく持っていたいです。
 最後に、年少、年中とお世話になった土師先生、かなりや組でお世話になった末廣先生、本当にありがとうございました。


■約束、守ってね
 斗豪、卒園おめでとう。
 あっと言う間に3年が過ぎました。
 入園のとき、韓国語さえ2文字しかしゃべらなかったので、日本語はもっとしゃべらないくらいでした。さらに3月生まれだったので、全てが遅かったです。隣の教室には兄がいるから、少し安心はしましたが、心配で覗いて見ると、いつも先生の膝の上か、隅で1人で遊ぶばかりでした。でも、一度も幼稚園へ行きたくないとは言わなかったです。
 兄と違って、のんびり、マイペースっ子で、自分の口癖の、「明日がある。明日があるさ」のように、焦ることなく、のんびりのんびり、ぐんぐん成長していきました。私も、1年前、兄のとき経験したことだから、繰り返しの気分で余裕を持って見守ることができました。
 年少のときは、身長も低いし、何から何まで赤ちゃんみたいだったから、目に入れても痛くないくらい可愛い子でした。4歳の誕生日が過ぎてから、口と耳が開いて、上手にしゃべれるようになりました。
 年中は、まり先生の持ち上がりでしたので、落ち着いた中で友達と遊べるようになりました。
 年長は自分が願った前田先生でしたので、毎日、にこにこ園に通いました。
 今は、おしゃべりで、ふざけるところもありますが、今のように、いつも明るくニコニコして欲しい・・・。
 卒園式の日、「明日から園へ来ないから写真撮ろう」と言うと、卒園の意味が分からないまま、ただ、写真を撮ることが嬉しそうでした。けれど、ずっとずっと園へ来られないことを説明すると、やはり寂しい顔になりました。
 この頃、天気もあまり良くなかったけれど、卒園の日は暖かい日射しで、園長先生、先生方、ご父兄方が見守る中で、千里敬愛幼稚園の3年を終わりました。園長先生、先生方、CC会員、お世話になったお母様方々、ありがとうございました。
 斗豪!斗豪は今まで通り、温かく、明るく、優しい人として成長して欲しいんだ。それで、大きくなって、お医者さんになって、ママの目の手術をしてくれる約束、守ってね。ママは斗豪を信じるから、その日まで待っているからね。
 小学校に入っても、今まで通りにすれば大丈夫だと思うから、ママと一緒に頑張ろうね!


■ありがとう先生、ありがとうお友達
 あみちゃん、卒園おめでとう。
 良く頑張ったね。楽しかったね。
 3月に入ってからは、いつもと同じ毎日なのに、妙に寂しさで一杯でした。
 あみちゃん、この3年間、色んなことがあったよね。とても楽しみにしていた幼稚園、1週間が過ぎた頃から急に毎朝泣き出したね。それから毎日バス停に来ると必ず「抱っこ」の日々が始まったよね。幼稚園でも朋子先生に抱っこしてもらっているか、お膝に座っていたね。
 毎朝、泣いてぐずったけど、ママはあみちゃんをとても愛しく思えたのを覚えています。
 2人目というのもあって、殆どママの手を煩わせることなく大きくなって、いつもお兄ちゃん中心に回っていたから、この時に気付かせてくれたんだね。
 先生の抱っこの温もり、いつまでも忘れないでいてね。
 そして、年中。さすがに泣くこともなく、ぐずることもなく幼稚園に行けるようにようになって、お友達も沢山できて、自分なりの楽しみ方も見つけていたね。
 妙先生の元気で明るい笑顔忘れないでね。
 そして、年長。あっと言う間だったよね。毎日元気で今までになかった、集団で頑張る楽しさも覚えたよね。この頃になると、ママにも意見したり、女同士の喧嘩もしたりして、精神的にも随分強くなっていたね。
 植松先生の明るくて優しい笑顔、忘れないでね。
 ママも幼稚園、あみちゃんに負けないくらい楽しかったよ。色々なお手伝いに参加させてもらえたし、お友達も沢山できたし、とても良い時間を過ごさせてもらえたよ。
 3年間、優しく見守って下さった先生方、お友達、お母様方、本当にありがとうございました。感謝の気持ちで一杯です。
 4月からは小学校へ入学するけれど、頑張って行こうね。あみちゃん、思い出沢山ありがとう。ママは甘えん坊のあなたが大好きです。


■この熱い気持ちを忘れたくない
 佑樹から見た園長先生は天才だそうです。何故なら、「発表会の歌を作ったからに決まってる」だそうです。
 「ありがとう、先生」の場面では、朋子先生の方を見て歌っていた姿が目に焼きついています。先生が大好きだったんだな。
 お友達も大好きでした。次男のせいか、いつも誰かにくっついて、ぶら下がったりしていました。でも、そのお友達とも、もうお別れ・・・。本当に寂しいです。私が年のせいか、深く心に寂しさを感じます。いつまでも今のお友達と、もっともっと遊ばせてあげたいという気持ちで一杯です。
 でも、子どもは次の環境にすぐに慣れ、新しいお友達が出来るのは分かっています。でも、出会ったお友達、先生方は心の中の宝物に残るでしょう。
 気が付けば来週が卒園式です。
 今日は寒い雪の京都参拝でした。明日は縄跳び大会と、毎日、年長と言える行事がどんどんやりこなされて行きます。
 昨日、そんなラストスパートなスケジュールの中、最後のエプロンママがありました。
 お兄ちゃんのときは、やっと終わった、ホッという気持ちだったような気がしますが、この子で最後の園生活と思うと涙が溢れてきました。
 お兄ちゃんのときには、この子を負ぶってエプロンママをしたことや、配膳するのに教室に踏み入り、佑樹の幼稚園生活を見ていると、園生活、色々あったことを思い出しました。
 私にとっても最後の幼稚園ママ。
 参観が他園と比べて多くて大変だと思ったこともあったけど、やはり、思い出される佑樹の園での姿が沢山見られて、すごく良かったです。
 家にはない表情であったり、必死に生活をしている姿は、やはり幼稚園だから覗けるのだと思います。
 私自身も、沢山の方と巡り合うことができ、佑樹にもこの千里敬愛幼稚園にも感謝の気持ちで一杯です。
 佑樹に、「エプロンママ最後で泣いてしまってん」と話すと、「また巻き戻せたらいいのになぁ」なんて大人びた言葉を聞かされてしまいました。卒園式はもっと泣いてしまうのかな?
 こんな熱い気持ち、忘れたくないです。だから書き留めておきました。


■未来の中で会おうね
 我が家はパパを筆頭に、翼、航太、香花と、ママ以外はみんな千里敬愛幼稚園の卒園生です。パパと翼は2年間、航太と香花は3年間、お世話になりました。でもママは5年間!卒園証書はないけれど、ママも立派な卒園生だよね。
 卒園式が終わった後に、パパが園長先生の所に行って、「次は孫の入園式で、こちらの門をくぐります」と話していました。「未来の中で会おうね」を聞いて、「これは俺の歌だ!」と子ども達に言っていたパパ。翼、航太、香花も、自分の歌になったら素敵だね。
*香花へ
 きょうちゃん、卒園おめでとう!
 香花が千里敬愛幼稚園の門をくぐったのは、1歳のとき。つー兄ちゃんの入園式のときでした。まだ、ヨチヨチ歩きの赤ちゃんだったんだよ。
 入園前から先生に可愛がられていて、「きょうちゃん、可愛いね」と言われると、「当たり前やん!」と言って、皆を笑わせていました。
 3月31日生まれのあなたが入園したとき、身体も一番小さく、制服も特注サイズで作ってもらいました。足のサイズも12.5cmで、幼稚園の14cmの靴にティッシュをいっぱい詰めて通っていました。
 そうそう、ママね、みかんさん、ひつじさん、うぐいすさんの初めての親睦会で香花を紹介するときに必ず、「クラスで一番小さく、一番可愛い女の子がうちの香花です!」と言っていました。「きょうちゃん、可愛いね」と言われて、「当たり前や!」と答えていたのは、ママの育て方のせいみたいです。(笑)
 ずっと、赤ちゃんだと思っていた香花が、お姉ちゃんになったなぁと思ったのは、ママが流産したときです。香花と2人でお風呂に入っていると、見る見るうちにお風呂が血の海に・・・。パパは出張中で、ママは大パニック。
 そのとき、泣き叫びながら、「きょうかはお姉ちゃんやから、1人で頭を洗えるし、ママは赤ちゃんのことだけ考えて!」と言ってくれた言葉で、ママは冷静さを取り戻しました。
 その後、兄弟3人で力を合わせてママを助けてくれたよね。本当にありがとう。
とても悲しい出来事だったけど、ママを助けて、自分に自信が出できたのかな?その頃からきょうちゃんが変わっていきました。
 自分のことは自分でするようになり、小さい子、弱い人には優しく接し、おけいこにも真剣に取り組む、いいお姉さんに成長していきました。
 これからも色々な出来事があなたを待っています。嬉しいこと、楽しいこと、辛いこと、悲しいこと・・・。その出来事すべてが香花に何かを教えてくれます。
 ただひとつ忘れないで欲しいことは、パパとママはいつでも香花の味方だってこと。これからも一緒に笑ったり泣いたりしましょうね。
 2人のお兄ちゃんが卒園したときに贈った言葉を大好きな香花にも贈ります。
 「パパとママの子どもとして生まれてくれて、ありがとう!」  
              ママより
 最後になりましたが、毎日、毎日、3人の子ども達と私が楽しく通園できたのも、すべての先生方、職員の皆様、大切な仲間達のお陰です。本当に本当にありがとうございました。紙面をお借りして、お礼を申し上げます。


■鯉に釣られて
 亮太君、卒園おめでとう。
 あんなに小さかった君が・・・
 ブカブカの制服を着ていた君が・・・
 不安そうに教室の椅子に座っていた君が・・・
 早いもので、あっという間に卒園だね。
 ママが今でも覚えているのは、入園してすぐ、バスに乗るときも涙をこらえて椅子に座って、悲しそうに小さく手を振った君の顔。でもね、あのとき、バスが走り出すまで涙がこぼれないように、ママはすっごく我慢してたんだよ。
 運動会でも、発表会でも、ママはいつも涙が出て大変だったよ。
 だけど、君はちゃんと知っていたんだね。
 「ママは泣き虫やから、幼稚園でいっつも泣いてるねんで」って近所の人に話しているのを聞いちゃったよ。
 3年前、「ママが通ってた幼稚園に行く?」って聞いたら、「行かへん」って言ってた君が、見学に来たときに、鯉にエサをあげさせてもらったら嬉しそうに、「亮太、敬愛幼稚園、明日から来る」って言ってた君が・・・鯉に釣られた君が・・・卒園かぁ・・・
 3年間、元気に頑張ったね。
 ちょっと元気すぎの日もあったけど・・・一杯思い出ができて良かったね。千里敬愛幼稚園に、あの日決めて良かったね。
 沢山の思い出をありがとう・・・


■初めての2人だけの昼食
 「萌菜ちゃん、熱が出てるのよ」
 実家の母から、そんな電話があったのは、京都参拝の2日前の日曜の朝でした。大事な時期に2人だけで実家に泊まらせたことを後悔しつつ、小児科を受診すると、寒い京都へ行くのは無理だと言われてしまいました。私自身も楽しみにしていたので、「こんなときに限って・・・」と、ぶつける所のない苛立ちの感情から、子どもにあたってしまう私でした。
 当日の朝、エキスポランドへ行く妹の姿を見て、萌菜の寂しさが増すのではないかという心配をよそに、何故か萌菜はとても機嫌が良く、はしゃいでさえいるように見え、ついに私は、「どうしてそんなに嬉しそうなの?京都に行けないのに悲しくないの?!」と怒りを爆発させてしまったのです。
 しかし、お昼に床に敷物を広げて、念のために作ったお弁当を食べていた萌菜が、最後に、「お母さんと2人だけでご飯食べたのって初めてだね」と笑顔で言ったときに、私はやっと気付いたのです。
 朝から嬉しそうだったのは、思いがけず私を独占できる時間が持てたからだったのだと・・・。それは、みんなと京都へ行けなかった寂しさを超えるほどに大きいものだということを。
 この瞬間に、ずっと姉妹を育てることに悩み続けた日々の思いが甦りました。
 2歳を少し過ぎた頃に妹が生まれて充分に甘えられなかったせいか、妹と喧嘩ばかりしていた萌菜。「妹なんていらない!」なんて言わずに過ごせるようにするには、私がそれぞれに、どう接すればいいのか、もめているときに、どんな言葉がけをすればいいのか、今もまだ結論は出ていません。きっと、私が悟るより先に、彼女達が成長し、解決していくのかも知れません。
 園では、よく萌菜がいちご組を訪れて妹を世話していたのだと、先生や他のお母様方から聞き、意外な感じさえ覚えたのですが、私が思うより既にあの子達は、この1年で成長しているのかもしれません。
 萌菜、気付いてあげられなくてごめんね。そして、ありがとう。
 その2人を温かく見守って下さった全ての方々にも心から感謝しています。ありがとうございました。
 萌菜、これからも一緒にゆっくり成長しようね。たった、1年間だったけど千里敬愛幼稚園で過ごした日々を忘れずにね。


■親子共に充実した日々
 無事に我が子、圭一も卒園することができました。こんな日を迎えられたのも園長先生、先生方のお陰です。ありがとうございました。
 胸をはずませ入園したのにも関わらず、私達親子にとっての園生活は、毎朝毎朝が闘いで、制服を着せる側から脱ぎ出し、何とか誤魔化しつつ園まで行くと、大泣き、大泣き!担任の先生に抱きかかえてもらってる間に、逃げるように立ち去るのです(でも、母の姿が見えなくなると、すっかり弾けて遊んでたのですが・・・)。
 それも、年中にもなると、いつしか門の所から1人で行くようになり、年長の3学期には家から1人で行くようになって、嬉しいやら寂しいやら・・・。時折、親の方が、「一緒に行ってもいい?」って子離れができませんでした。
 圭一にとって、この3年間はとても充実したものだったでしょう。勿論、私にとっても充実した日々でした。本当にありがとうございました。


■入園3日前に骨折しても・・・
 まゆ、卒園おめでとう。
 と言っても、まゆはもう園に来られない、遊べないんだ、がっかり・・・という様子ですね。「みんなの未来」の歌詞の通りで、私としては、小学校は楽しいよ、卒園して大きくなるのはいいことだ、と盛り上げるのに必死です。
 3年前、覚えていますか?
 入園式の3日前に足の親指を骨折したこと。
 私はとても園で預かってもらえる状況ではないと思いながら、入園式だけでも出席できないかと、まゆをベビーカーに乗せて園へ行きました。
 「幼稚園、来たい?」
 まゆに尋ねられた園長先生は、何の問題もありません、お世話させていただきます、と。あまりにも簡単なお返事で私の方が驚きました。
 ぶどう組の恭子先生、妙先生、由起子先生にはずっと抱いていただき、クラスのお友達には迷惑をかけてしまいましたが、まゆは園生活をスタートさせることができました。
 「今日はみんなでヨーイドンしたよ」
 抱いて走って下さったそうですね。嬉しそうに話してくれました。先生、ありがとうございます。
 その後は大きな怪我も病気もなく通園できたことを本当に嬉しく思います。
 うぐいす組では、もう毎日が楽しくて仕方がないのがよく分かりました。園でのことを話してくれるというよりは、園生活にのめり込んでしまっていて、私はなかなか返事ができません。
 今日、何の絵、描いたでしょうか?
 サーキットの○○のとこが面白いんだ。ママできる?
 八犬士の中で誰が好き?・・・etc
 ごめんね、せっかく聞かせてくれているのに、私はそんな楽しい幼稚園生活を送ったことがないの(保育園へ1年通ったきりです)。
 まゆ、沢山の楽しい思い出を持って入学できるね。
 いつも、まゆを見守って下さった先生方、お友達、お母様方、み仏様、本当にありがとうございました。


■将来の夢は幼稚園の先生
 「ママ、あやこの子どもも千里敬愛幼稚園に行ける?」
 卒園3日前の朝、突然絢子が私に聞いてきた言葉に驚きました。
 「きっと行けるよ。だって、ママだってずっと自分の子どもは千里敬愛幼稚園に入れたいな。って思ってたんだもの。」と答えながら、卒園なんだなぁ、と赤ちゃん顔から子どもの顔へと変わった2人を見ながら私の方が涙が出そうになりました。
 入園前、たった10分の面接で黒坂先生が他人には見分けがつかないほど似ている2人の名前を間違えなく呼んで下さり、「お母さん、違うからわかりますよ」とごく当たり前の様におっしゃって下さったとき、「やっぱり千里敬愛幼稚園にしてよかった」と思いました。双子の親として本当にうれしく、安心しました。
 生まれてから、毎日同じ場所にしかいたことがなかった2人を、世界を広げてほしいと思い、あえて違うクラスにしました。
 入園式の日、先生にうながされても遊ぶこともできず、不安な顔で泣きながら部屋にいた順子。
 廊下から隣の部屋の順子を不安な顔でそっと見ていた絢子。
 実は2人の幼稚園生活に1番不安だったのは、過保護な私だったのかもしれません。
 でも、そんな心配をよそに、絢子は入園の次の日、
 「ママ、お友達ができたよ。『お友達になってね』って言ってもらったの。絢子も明日からそうやってお友達を作るね」と、大喜びで帰ってきました。
 順子の方は「お友達はいないけど、京子先生がお友達だからいいの」と。
 そして2人は1ヶ月もすると幼稚園生活が全て。将来の夢は「幼稚園の先生」になりました。
 2人に夢をあたえてくれた幼稚園には本当に素敵な先生がたくさんいらっしゃいました。
 毎日、幼稚園に送っていくと先生方が明るい声で挨拶をして下さり、私は子ども以上に元気をもらっていました。
 2人の生まれて初めての先生だった富江先生と城谷先生にはこんなことまで、ということまで相談に乗っていただき、年長になっての土師先生、長谷川先生には親の気づかない所までケアーしていただきました。
 保護者に対する先生方の態度は子どもよりも私がこの2年間とても勉強させていただきました。
 そして園長先生がおっしゃった、「幼稚園生活はお母さんの青春時代」
 正しくその言葉どおり、たくさんの幼稚園ママ友達もできました。私が落ち込んでいるときも一番に励ましてもらいました。
 そんな幼稚園とも、もうお別れ。
 「ありがとう拍手を!」の歌のとおり、本当に「ひとつひとつがおもいで」です。
 2人の通った2年間。私もまた子どもと一緒に千里敬愛の生徒になれたようで毎日が本当に楽しい日々でした。
 先生方、お友達、お母様達との出会いは私達親子にとって、どんな宝石よりも大事な宝物です。
 感謝の気持ちで一杯です。本当にありがとうございました。


■ 入院の祖父を気遣う優しさ
 入園当初、大泣きする圭を左脇に抱きかかえ、右手で妹を乗せたベビーカーを押してバス停へ行きました。予想通りの圭の行動に、「よしよし、初めのうちに思い切り泣いてね」と私はニンマリしていました。そして3日後には泣かずにバスに乗るようになりました。
 発表会は「3匹のこぶた」
 子ども達が考えた表現と末広先生の軽やかなピアノがぴったりと合っていました。
 年中のとき、友達の名前をあまり言わなくなったので、友達と仲良く遊んでいるのか心配でした。長谷川先生に相談すると、その後何度も園での様子を教えて下さり、とても安心しました。
 発表会の「孫悟空」は元気一杯飛び回っていました。圭のティンパニー、カッコ良かったよ。
 年長では男の子の友達が増えて、サッカー、縄跳び、ブロックでベイブレードを作って遊んでいる様子をたくさん話してくれました。
 走ることが大好きなのでリレーの練習を張り切ってやっていた頃、祖父が入院していました。
 山元先生から「圭君はお地蔵様に毎日、おじいちゃんの病気が早く治りますように、とお祈りしているんですよ」とお聞きしてとても驚きました。圭の優しい気持ちに感激して涙が止まりませんでした。リレー大会は見に行けず残念でしたが、友達のお母さんが応援して下さり、夜には「頑張ってたよ」と電話を掛けて下さいました。私も精神的に参っていたのでとても嬉しかったです。
 最後の発表会は「千と千尋の神隠し」
 毎日帰宅するなり、その日の進み具合を延々話してくれて、「あと○日で本番だけど、ちゃんとできるかな」と心配していました。
 ドキドキで迎えた本番の日。みんなで作り上げた作品はとても素敵でした。
 作品を見ていると子どもの成長はもちろんですが、先生方のご苦労を思って毎年涙してしまいます。圭は毎日「千と千尋の神隠し」の曲をエレクトーンで弾いています。
 パワー溢れる先生方、優しい友達そしてフットワークの軽いお母さん方と3年間、楽しく幼稚園生活が送れたことに感謝致します。


■楽しかった幼稚園生活
 あや音、卒園おめでとう。あっという間の1年でしたね。
 思い返せば年中の10月、通い慣れた幼稚園、大好きな友達や先生との突然の別れを強いられ、名古屋からこの大阪へと引っ越ししてきました。
 早く幼稚園へ行きたいというあや音の気持ちとは裏腹に、入園できたのは年長の4月でした。
 入園当初は新しい環境に、なかなか馴染めないのではと、とても心配でした。でも、沢山の行事をこなしていくうち、自然にお友達ができていったみたいですね。お母さんも参観で、あや音の家では見ることのできない表情を見るのが楽しみでした。
 土粘土、塗たくり、段ボールなどは、今まで体験したことのない遊びで新鮮だったよね。
 農園体験で持って帰った玉葱には、大きなミミズのお土産つきで、お母さんはびっくりしたよ。
 お泊まり保育は、今何しているかなとパソコンに映し出される画像とにらめっこ。
 自分の目で見るまではピンとこなかった、千里敬愛幼稚園ならではの発表会。感動したよ。
 知らないうちに跳べるようになっていた縄跳び。ピョンピョン跳んで見せてくれたときは、とても驚いたよ。
 骨折して足が不自由だったときも、体調が悪かったときも、「大丈夫!」と言い張って休まなかったあや音の気持ちが分かるような気がするよ。何故ならお母さんも、あや音と同じくらい幼稚園が大好きだったから・・・。
 千里敬愛幼稚園と出会えて良かったね。本当に楽しかったね。
 最後になりましたが、園長先生をはじめ、いろいろお世話をして下さった担任の植松先生、通院のお世話をして下さった小谷先生、私達に関わって下さった全ての方に、心よりお礼申し上げます。


■ありがとう千里敬愛幼稚園
 康平、卒園おめでとう。
 沢山の先生やお友達に巡り会えて、本当に実りある3年間でした。
 3学期に入ってからは、何をするにも、これが最後、という気持ちでいたので、今日の卒園式では涙が止まりませんでした。
 康平は年少から通うことになりましたが、里帰り出産と重なり、4月半ばからの入園になりました。年長の兄、宏明と一緒だったので、私自身安心していたのですが、1週間後、突然行きたくないと言い出したときにはびっくりしました。しかし、先生達の朝晩の電話のお陰で、何日か過ぎると、楽しそうにバスに乗り込んでいきました。
 行きたくないと言ったのはこのときだけです。それからは、毎日毎日、幼稚園のことばかりです。
 参観のときは、私と目が合うと恥ずかしそうに小さく手を振っている姿がとても印象に残っています。
 年長の段ボール参観では、1週間、お休みした後だったので、なかなか周りに馴染めなくて困っていましたが、先生や友達のお陰で、仲良くできたようでした。
 また、リレー大会では、ずっと走りたくないと駄々をこねていましたが、先生におまじないをかけてもらって、頑張って楽しく走ることができました。
 康平の3年間というよりも、私の3年間という気がします。兄のときから1年ずつ、楽しい出来事がどんどん増えていきます。よく園長先生がおっしゃる「お母さんの青春時代」そのものです。
 4月からは、友達と離れて東京に行きますが、千里敬愛での思い出を大切にして頑張っていきます。
 宏明、康平、智英を見守って下さった皆さんに、心から感謝致します。4年間、本当にありがとうございました。


■素敵な日々に感謝
 さくちゃん、卒園おめでとう。千里敬愛幼稚園には、年中さんから2年間通いましたね。近所のお友達も沢山入園し、みんなと同じクラスになったこともあり、最初からお母さんはあまり心配していませんでした。
 朝も、起こされることがほとんどなく、1人で起きてきて、朝御飯をしっかり食べて(時々テレビに気を取られていて怒られることはあったけど)、顔を洗って着替えをして、8時頃にはもう用意ができていましたね。
 何でも、きちんとできている咲良に、お母さんはそれでも早く早くと、いつも急がせていたように思います。お母さんの方が幼稚園生活に慣れるのに必死だったのかもしれません。行事日程、持ち物、予定表を毎日チェックしてと思っていたのに、時々ポカッと抜けてしまっていてごめんね。
 咲良は、園から帰って来ると着替えもそこそこに、今日あったことを報告してくれましたね。幼稚園での活動が本当に充実していたのでしょう。お母さんはその話し方や表情を見て、お友達のこと、先生のこと、今頑張っていることなど、色々想像しながら聞いていました。
 年長さんになってクラス替えをしたときには、自分の居場所を見つけるのに時間がかかったみたいで、お母さんは少し心配しました。でも、すぐに新しいお友達ができ、どんどん明るい笑顔が見られるようになって安心しました。
 そして、年長の父親参観の日、ずっと練習していた逆上がりが初めてできた日の嬉しそうな顔をお母さんは忘れることができません。
 ひとつひとつの目標を達成していく喜び、努力を忘れずにいて下さい。お母さんも咲良と過ごした千里敬愛幼稚園での2年間は、とても楽しかったです。ありがとう。
 最後になりましたが、お世話になった先生方、仲良くしてくれたお友達、お母様方に感謝の気持ちでいっぱいです。素敵な日々をありがとうございました。



■兄も弟も、母も卒園
 「終わっちゃったね」
 卒園式の後の園庭は写真撮影会になっていました。撮影も一通り落ち着いた頃、最初のことばが、誰からともなく出て、その場にいた数人のお母さん達が皆、うなずきました。
 そして、「なんか、寂しいね」
 この充実感とともにある喪失感は何でだろう。上の子の卒園のときには全く感じなかった喪失感は、やっぱり下の子の卒園とともに、私の幼稚園ママ生活も終わるからかな。
 3学期に入ってからは、参観の度に卒園までをカウントダウンし、発表会の前日は、しみじみしている私を見て、「明日はバスタオル持って行けよ」と夫にからかわれたぐらいです。
 弟の参観はいつも、兄のときとは違う思いでした。
 上の子の縄跳び大会では、全然跳べない息子を目の前に見てるのも辛く、寒さで下の子がぐずるので1分でも早く帰りたかった。
 4年前、私の腕の中でぐずっていた弟が、今年の大会では60秒をクリアー。失敗してしまったお友達も、息子を含めてうまくできたお友達も、もう1回、もう1度跳ばせてあげたい。もっと長く見ていたいと思いました。
 入園前、いつもスローテンポな兄と、甘えん坊で泣き虫な弟。男の子2人の育児は、私にたくさんのストレスを与えてくれました。
 でも、子どもの入園とともに、エプロンママやSOSなど、いろんなお手伝いや参観で、自分の子ども以外にたくさんの子ども達やお母さんと接することで、私の子育てもストレスを少しずつやり過ごすことができるようになっていきました。
 沢山のお友達を見て、どんな子にも、その子なりの成長があることを発見させてもらえたからです。
 2人の息子達それぞれに、自分なりの時計があることも参観で感じさせてもらいました。
 大会後に自分から縄跳びに挑戦できた長男。リレー大会に全力疾走で拍手喝采だった次男。家では見ることのできなかった2人の姿を見られたのも園生活を通じてでした。
 こんなに身近で子どもの成長を感じ取られるのも、いろんなことを一緒に体験できるのも、幼稚園ママで終わりという思いがあるから、ちょっぴり感じる喪失感?確かに、うなずいていたのは、私も含め、みんな末っ子を卒園させるお母さん達でした。
 でも、子育てはまだまだ続きます。幼稚園時代の想いと体験を糧に、これからも母親として頑張れそうです。


■走り去る母の目にも涙だったのが
 無事に卒園の日を迎えることができ、嬉しいのと寂しいのと入り混じった気持ちです。
 3年前、当時お歩きさんで、朝、園へ送って行くと、クラスに着くなり泣き出してしまった亮太を、先生が抱きかかえてくれました。背中に亮太の泣き声を聞きながら走り去る私の目からも涙がこみ上げてきたことを思い出します。
 そんな亮太が、年中、年長とパワーアップし、益々活発になり、運動会、リレー大会、発表会と頑張る姿を見て、頼もしく思えました。
 特に年長の発表会では、役にはまり、なりきって演技している姿を見て、驚きと同時に成長を実感しました。その後の制服姿での歌、「ありがとう拍手を」を聞いていると、色々なことが思い出され、我が子の姿が見えなくなるほど、涙が溢れてきました。
 親子で初めての幼稚園生活を楽しく過ごせたのも、先生方のお陰です。ありがとうございました。


■できないはずがない
 優太、卒園おめでとう。
 私の顔の見える範囲でしか行動できない2月生まれの優太を3年保育、しかもマンモス園に行かせることはかなりの時間悩み、ためらいました。入園説明会には一切行かず、個別に各園の園長先生、保育者の方々に話を聞き、色々な園を回りました。
 千里敬愛幼稚園を訪ねたときに、「ここがいい!この幼稚園が1番いい!」そう言った優太の一言が千里敬愛幼稚園に決める大きな要因にはなりました。
 でも、このマンモス園で一人一人のケアができるのか疑問だらけでした。
 園長先生に、「私の側から離れられないこの子を3年保育で入れても大丈夫でしょうか?」と問いかけたところ、「大丈夫ですよ。子どもというものはお母さん方が思うほど弱いものではないですから・・・」との答え。
 この一言が理解できないまま、「絶対あの幼稚園に行く!行きたい!」と言い張る2歳の優太の言葉に背中を押され、願書を提出しました。
 予想通り、入園式の日、教室の前で私と離れると泣きじゃくり、帰ると言ってわめき散らし、暴れて、(年長時に受け持っていただいた)前田先生に抱きかかえられ過ごしました。
 その日から、夜になれば、「明日は行かない」、朝になれば、「今日は行かない!」と言って泣きわめく。着替えはするものの、「行かない。行きたくない」と言って靴をはかない。私と離れる不安からだったのは分かっているものの、なだめ、落ち着かせることに私の方が混乱していました。
 あげくの果てには、やはり園長号のお迎えに来ていただき、「初めに泣いて嫌がる子ほど、年長になったとき、逞しくなっているものですよ」との言葉をいただきましたが、「まさか優太が・・・」そんな思いでいっぱいでした。
 年中になると、友達との交わりも多くなり、喧嘩することも、行き来することも増え、私の元から離れて行っているような気が時折したものでした。
 年長になって、負けず嫌いな性格が少しずつ見え始めました。
 リレー大会に向けて、とにかく速く走りたい、走れるはず!のような毎日。そして、決勝進出、クラス優勝。
 できない逆上がりも夏の暑いとき、毎日毎日練習し、できるようになり、跳べない縄跳びも、冬の寒いとき、毎日毎日練習し、本番では2回とも60秒を跳べたね。
 できないはずがない、負けるはずがない。そんな優太にさせてくれたのは、周りの沢山の友達、そして前田先生のお陰だったのかな?
 卒園式が終わったあと、園庭で真っ白になって走り回り、なかなか帰ろうとしない優太を見ていて、3年間の成長ぶりを改めて感じました。
 最後になりましたが、園長先生はじめ、先生方、お友達、そのお母さん方、私達親子にとって、かけがえのない3年間をありがとうございました。




    

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