|
東京のある区で、ひとりのお母さんが幼稚園にアンケートを依頼し、その結果
を冊子にまとめられました。
その中の項目のひとつに、「設定保育と自由保育の割合」という理解に苦しむ項目がありました。にもかかわらず、園長先生方は、「設定保育50%、自由保育50%」などの答えをされていました。
これをまとめられた方は、元幼稚園教諭とのことですが、どうも「自由遊び」と「自由保育」を混同されているようです。
「自由保育」をしている幼稚園では、「自由遊び」が保育の全てであります(ところが、自由保育と言いながら、体育指導者が入って、クラス単位 で指導している園もあるのですから
「自由保育」の概念すらあやうやです)。
「設定保育」を中心に保育をしている園でも「自由遊び」の時間は設けるのが常です。行事間近になると、昼食もそこそこに再度活動が入るなんてことは本来ないはずで、園生活では昼食後や、登降園前後の「自由遊びの時間:一般
的な用語なら自由時間」は設けるべきものなのです。
子ども側から見た理想の保育とは、 子ども達が設定保育で経験したことを自由遊びの時間や家庭で再現することだと、私は思っています(家庭では友達の数が少なかったり、物的環境も違うので再現が難しいケースもありますが・・・)。だから、幼稚園での自由遊びの時間は、大人の休憩時間とは意味合いが違ってとても大切な時間です。雨でもないのに、「今日、お外で遊べなかった」なんてことは断じてあってはならないことです。
さて、「自由保育」とは、本来子ども達の関心を見つめながら保育を展開することです。10人が10人とも違う関心を示す場合もあります。そうなると、続きの保育は10種類準備しなくてはなりません。
外国で自由保育を実践している園を見学に行ったことがあります。子どもは1クラスに十数名で、担任の先生の他、補助をする園児のお母さんが2名、毎日交代で来られていました。
このような環境でも、どれだけ、一人一人の子どもの欲求を満たされるか疑問です。ですから、日本での「自由保育」が果 たしてどれだけ、子ども達一人一人の要求を満たしているか大いに疑問です。
単に、形態だけの問題ではなく、子ども達に100%自由を与えることが将来に役立つかどうかも疑問です。
人間は社会の中で生活します。個人の意志が通らないこともあります。自分の考えを調整したり、協調できる能力も大切です。私はことさら精神論を述べるほど強い人間ではないですが
我慢や譲歩は社会人として必要な能力です。
これらの能力が「子どものしたいことをさせるのが一番だ」との 考えで、どれだけ育つか疑問です。
保育者の一方的な教え込み教育は正しくありません。理想論としての「自由保育」は私にも魅力的です。
大切なのは「自由保育」の観点を持った設定保育だとの結論に一応達しています。
間違った自由保育で幼児期を過ごした子ども達が、小学校1のクラスからの学級崩壊の一因だとも言われています。
ドイツの有名な自由保育の学校教育を受けた人の中には、なかなか社会人として活躍できずにいて、日本での評価ほどドイツ国内では高くないとも聞きます。
積極的に遊べる子ども達はそれなりに楽しめるでしょうが、なかなか自分で遊びを展開できない子には援助が必要です。その援助が「保育者の指導性」であり、いつまでも強い指導性では困りますが、子どもの状態を見ながら、援助の量
も質も変えていくのが、本来の教育のあるべき姿だと考えています。
 
|
幼稚園選びのポイント | 子育てQ&A
| 3年保育の必要性 |
| 幼稚園にいじめはない | 障害児と健常児
| お役に立てば |
|